どこだ?
突然、周りの景色が目まぐるしく入れ替わる。グルグルと、台風の中のような凄まじさで、空間が揺れる。
灰色だった空間に色が付き始めると、小高い丘の上。草木が揺れる道を見覚えのある顔をした騎士が、こちらに歩いてくるのが見える。
先ほどまでと違い、心なしか空のような青色を感じさせる銀の長い髪を後ろに束ねていたが、間違いなくリヴンだ。
一際目を引く大きな木の下で彼は止まった。
「待っておったぞよ、青の騎士」
突然の声に、サッと剣を構えるリヴン。
よく見ると、その剣はウォール・スレイドでは無い。鎧も普通だ。どうやら、封魔の剣を手にする前のリヴンであるらしかった。
ガサリと音がする。見やると、木の枝を覆い隠すような緑の葉の間からひょっこりと、二本の足が伸びている。
これを見て、構えを解くリヴン。緊張していた表情が和らぐ。
「うわっ…ちょっ…」
先ほどは、くぐもっていて良く解らなかったが、咄嗟に出た声は少女らしかった。
「た、たすけてぇ!!」
「やはりお前か!!しょうがない奴ぢゃ、ホレ、もう飛び降りても、大丈夫ぢゃよ」
大丈夫と言うが早いか、二本足は胴体を伴ってリヴンの腕に納まる。
「へへ…ありがとう騎士様」
笑った顔にあどけなさが残る。16~7歳くらいの女の子だった。
「懲りない奴ぢゃのう。降りれもせんくせに登っては危ないぢゃろうが」
(若いときから、この言葉遣いだったんだ!!)
悪魔と闘っていたリヴンより幾分若い感じがする。そのリヴンから発せられるジジくさい言葉遣いに、思わず気持ちが和らいだ。
「だって、こうでもしないと抱っこしてくれないもん!!」
ふぅ…少女の抗議に溜息をつきつつ、リヴンは少女を降ろした。
「で、なんぢゃ?ワザワザ呼び出したりしおって」
「んンそれなんだけどさ…」
言いかけるが、言い出せない。そんなもどかしげな表情を浮べつつ、不思議そうに見やるリヴンに少女は思っていたのとは違う事を言った。
「ね?こないだ司祭様のとこで面白い事があったの…」
「知っておる。お主の仕業ぢゃろう?リディア。」
少女を見るリヴン。どうやらこの少女がリディアらしい。
「いいじゃない。かたっくるしい司祭様の挨拶でみんな退屈してたんだから~」
「しかし、神聖なる聖火台に爆竹を入れておくとは何事ぢゃ!!」
怒るリヴンをよそに、得意そうな表情を浮べるリディア。
「今日(こんにち)より始まります。競技大会の安全を願って、聖火台に火を灯したいと思います。天にまします我らが主が見守ってくださりますよう…バババババ~ン!!パン!!パン!!!あの時の司祭様の驚きようったら!!」
司祭の驚いた様子を表しているのかオーバーアクションする。
「こりゃ!!な~にがパンパンパンぢゃ!!!みんな怒っておったぞ!!」
「一部の神父様たちだけでしょう?王様なんかゲラゲラ笑ってたじゃない!!4年に一度のお祭りなんだから、盛り上げないと。あんなシ~~ンとした開会式じゃ、神様も見てくれないって~の!!」
悪びれた風もなく、言い切るリディアに、リヴンは片手で顔を覆う。
「お前だけは誰に似たのか…」
「お母様に決まってるわ!!」
「王妃様は今少し聡明でいらしたぞ」
「なによ、私が馬鹿だと言いたいの?」
「そうは言っておらん。ただ、今少し考えを改めた方が良いのでは無いかと言っておるだけぢゃ」
生意気そうな印象に、リヴンに反発すると思われたが、
「わかってるわよ…所詮、お母様には敵いっこないもの…」
意外にも、シュンとなって、今までの明るい表情が消えてしまう。
「あ…お、おい…」
今にも泣きそうな少女に、慌てるリヴン。
「すまなかった…そのう、王妃様の事を思い出させるような事を…」
こんなリヴンは初めてだ。いつもしっかりしている印象のリヴンが、一人の少女の涙に、あたふたしていた。
「ぷっ…ははははは♪」
突然笑い出す少女。涙はどこへやら…へっ?という呆気にとられたリヴンの顔。
「なぁんちゃって!!びっくりした?」
意地悪そうに笑う少女の顔に、リヴンは少女の涙が嘘だったと理解する。
「こぉのおおお!!!」
リディアの髪をクシャクシャにしようとする。
「きゃあああっ!!!」
身をかがめて防ごうとするが、無駄な抵抗に終わった。
「大人をからかうもんぢゃないわい」
「なによ、3つしか変わらないでしょ」
シュンとした様子で髪を指でとかしながら、口をとがらすリディア。そんなリディアを見ながら、リヴンは聞いた。
「まったく…して、本当の用件は?そんな街中で噂になっておる事をわざわざ報告する為にこんなところに呼び出したわけではあるまい?」
聞いた瞬間、少女の手が止まる。どうしようか迷う様子をみせたが、
「どうした?お主が迷うなど珍しいな?」
真剣な眼差しで、聞こうとするリヴンに、話し出す。
「…信じてくれる?」
しおらしく、上目遣いでそういうリディアに対し、
「また、前のような事ではあるまいな?」
「ち、違う!!前は…嘘だけど、今度は本当に本当なの!!!」
「本当に?」
「間違いない。司祭様の聖火に誓って、本当」
目を見るリヴン。一体、どんな嘘をつかれたのだろう…嘘か否か判別しようとしばらく見続けた。
「わかった。話してみろ。ただし…今度嘘だったら、もう口もきいてやらないから、そう思え」
「またまたぁ…幼馴染でしょうに」
「嘘…なのか?」
「だから違うって!!!」
「本当かぁ?前もそうやって…」
「いいから聞いて!!明日の夜までにどの方角かは解らないけど、大津波が来るってきいたの!!」
「はぁ??」
突拍子も無い言葉に理解するのに時間がかかるリヴン。
「ちょっと、聞いてる?津波がくるの!!それも、このセグリナを覆い尽くすほどの大津波!!!」
必死の形相で訴えかけるが、睨むように見返すリヴン。
「お前…いい加減にしないと…」
「嘘じゃないって!!!」
「まだ懲りてないのか?こないだだって、そちの我がままで、数百名のモノが夜を徹したのだぞ?行方不明になったふりをした王女様の為にな!!そうやって、今度は祭典を邪魔しようと…」
リヴンの呆れた表情に対し、少女の顔は激昂といって良いほど赤く染まり、怒りを露にしていた。
「も、もういい!!!リヴンなら聞いてくれると思ったのに!!!もう頼まない。聖玉は自分で何とかする!!!」
「せ、聖玉ぢゃと?」
「そうよ!!津波を止める唯一の方法!!!この王女様の知恵をフル回転させて、手に入れるまでよ!!」
「ま、待て!!いかに王家のものと言えど、何の訓練も受けてない、そちでは…」
「魂を吸い取られるんでしょう?わかってるわよ!!」
ぷいと、横を向いて立ち去ろうとするリディア。その後姿を、複雑な表情を浮かべ見送るリヴンだったが、
「ま、待て!!わかった!!そこまで言うのなら調べてみようではないか!!」
そこから、リヴンたちが向かったのは、王国直属の、地学研究所と、天体観測所だった。津波が起こる原因といえば地震や嵐である。その兆候が無いかを聞きに行ったのである。
「津波ですか?そんな大きな地震だったら、とっくに私どもの魔震盤が反応を示しておりますぢゃ」
「最近の観測では、天変地異の起こる前触れである、星のゆがみは見られませぬゆえ、そのような事実は無いと思われますな」
二つとも、津波の起こる可能性はゼロだと言った。
「そんなはずは無いわ!!もっとよく調べなさいよ!!凄い魔術師のおじさんが予言したのよ!!明日、月が最も光り輝く時間に災いの波が押し寄せてくるって!!!」
唖然とする学者達に詰め寄るリディア。そんな彼女の肩を叩くリヴン。
「もういい…帰ろう」
哀れむようなリヴンの眼差しに、少女の顔が哀しみに歪んだ。
「もういい??何がいいのよ!!!街が危険にさらされている!!早く震源を見つけないと大変な事になるっていうのに!!」
「震源は無かったんだ…津波がこようはずが無かろう?」
「そんなはず無い!!あの魔術師のおじさんが来るって言ったの!!」
「怖れながら、その魔術師とかいう者、嘘を言っているとしか思えませぬな。この観測所は今まで、地震の兆候を見逃した事はございませぬ。台風の兆候も見られませんし、絶対に津波は起こりえません。どうかご安心を…」
天体観測の学者が口を挟む。その学者を睨むように見るリディア。
「絶対…?安心?笑わせないで…」
怒りで肩が震え、わななく。
「じゃあ、お母様は何故死んだの?元気だったお母様の命を奪ったのは、あなたのような慢心した考えじゃなかったの!!嵐が来る事も予想できなかったくせに、何が安心よ!!誰にも信じてもらえずにお母さんは死んでいった…私の命と引き換えにね」
雨が激しく打ち付ける海の中に一隻のボートが見える。その狭い舟床(ふなどこ)で、幼な子を抱きかかえた女性が見える。背中に大きな裂傷が出来ていた。
彼女の中の記憶だろうか…激しく鮮明に映し出されるが、幼な子は、物心つく前だ…
「あの時、平和ボケしたあなた達の中の一人でも信用してくれていたら…父を説得してくれていたら…また、同じ過ちを繰り返そうというの?」
「し、しかしですな…」
興奮し、自分を見失ってるような姫に困惑する学者。
「お、おいリディア…どうかしてるぞ」
なだめようと言葉をかけるリヴンだったが、
「あなたも同じ…なんでわかってくれないの…」
そのまま駆け出すリディア。
(一体、どうしたと言うんぢゃ?)
それが、リヴンが生きている彼女を見た最後だった…