「余裕だな…」
例の響くような声で悔しそうに言う悪魔。
「そちもな…」
頭を掻き掻き言うリヴン。それに対し悪魔はニヤリと笑う。
「フフフ…こうも手を抜かれてはなぁ…知っているぞ。俺を傷つけるのを躊躇(ためら)う訳を…」
躊躇う?過去の僕は、痛烈なリヴンの攻撃を、躊躇っていると言う悪魔を不思議に思う。
「アーシュフェルドだ。ヤツがまだ、この体に残っている。俺を消し飛ばすくらい何の事はない青の騎士である貴様がそれをしないのは、アーシュをも傷つける可能性があるからだ!!!」
ハッとしてリヴンを見ると、冷静を装ってはいるものの、明らかに動揺している。
「クァ~~~ッカッカ!!!図星か!!!この俺も、なめられたものだ。封魔の法を用いずして、この我を倒せると思っているのか!!」
煽るような悪魔の声。封魔の法?それが悪魔を祓う方法なのか?
「ふ、封魔の法など使えようはずも無かろう…あれにはウォール・スレイドが…」
苦し紛れに言ったリヴンの言葉に手元の剣を見る過去の僕。
剣が悪魔の気に犯され攻撃には使えない事は立証済み。
(だが、待てよ…悪魔の気に犯されていながら僕を守ったというのか?)
そこで初めて疑問に思う。
しかし、その疑問は悪魔がすぐに打ち消してくれた。
「知らぬと思うてか…最早その剣の邪気は祓われているのだろう?」
答えないリヴン。その顔に焦りが浮かぶ。そんなリヴンに悪魔は続ける。
「二度目の攻撃の際、その剣は我が邪気に反応しなかった。本当ならば、我が身に迫る剣を貴様にそのまま送り返してやるはずだったというのに!!しかし、剣は反応しなかった。正直あせったぞ…こうもあっさり我が呪法を解けるのかとな…当然、封魔の法を使うものと思ったが、貴様はそうしなかった…あの技以外で我を倒そうなど出来るはずも無いというのになぁ…」
リヴンの反応を楽しむかのように見る悪魔。
「クハハハハ愚かなやつよ!!!アーシュを助けたところで何になる?アイツはこの体から解放され、死ぬ事を望んでいたんだぞ?」
「だ、だからこそぢゃ…」
迷うようだったリヴンの表情が変わる。
「アヤツは、貴様なんぞの為に死んではならんのぢゃ!!アーシュまでも封印するわけにはいかん!!!」
「まるで、勝って当然とでもいうような台詞だな…」
「勝たいでか!!!貴様は断じて許す訳にはいかん!!呪いの原因を作った貴様だけには!!!」
過去の僕からウォール・スレイドを受け取りながら構えるリヴン。固く研ぎ澄まされた気合のこもった表情に確かな意思が見える。
「貴璃斗は優莉どのを…」
「お、おう!!」
「心配せずとも良い。もうじき指輪に秘められた魔法で元の世界に戻れるはずぢゃ…」
「そ、そっか。すっかり忘れるトコだった!!!優莉と離れてちゃまずかったな…」
自分の世界に戻る魔法が秘められたリング。アーシュは時間で発動するといっていた…
本当に魔法が発動していれば、リングをはめてない優莉はこの異空間に取り残された事になる。
(何にも考えてやしないじゃないか…大馬鹿野郎!!)
間抜けな自分がつくづく嫌になる。
…と、リヴンが自分のリングを外し、腰元の小袋に入れていた。
「お、おい、何してるんだよ!!!」
驚いて注意する過去の僕に、再び目を向ける。
「闘いの最中に跳ばれても困るのでな…」
「その方が良いのでは無いか?」
悪魔がほくそ笑む。
「そうなれば、アーシュも傷つけずに済むやも知れぬぞ」
「貴様が追ってくれば同じ事。それに、向こうに行って、セグリナの民に貴様が危害を加えぬとは思えぬのでな…」
「フフフ…まるで俺が負けるのが決まっているような言い方…益々気に入らぬな。そのような台詞は勝ってから言うものだ。貴様が負けたときには間違いなく貴様の仲間を全滅させに行ってやろう…」
「そのような事、出来るわけ無かろうて!!!」
凄まじいスピードで駆けるリヴン。悪魔の前に来た瞬間、下段に構えた剣が光を放ちながら、空に向けて一閃する。
しかし、その剣を指先二本ででつまむように軽く受け止める悪魔。
「クッ!!!」
つかまれた形になった剣を外そうと力をこめるリヴン。しかし、全く動かない…
「ハハハ!!!どうした?青の騎士どのの力は?こんなものか?」
余裕の表情の悪魔は微動だにしない。
(やばいか?)
優莉のそばで見ながら、圧倒的な力の差を感じる。必死の形相のリヴンに、事も無げに剣をつまむ悪魔ディヴォース。
五体満足で一番良好な状態での剣撃だったはずが、明らかに形勢不利となっている。
「素手の相手に剣撃とは、騎士らしくもありませんなぁ…」
からかうような悪魔の声。
「このぉっ!!」
気合一閃、リヴンが剣の柄から手を放して、悪魔の懐へ踏み込み、真っ直ぐ伸ばした左拳を打ち込んだ!!
ズゴォーン!!!
聞いた事の無いような凄まじい衝撃音。しっかりと悪魔の腹に打ち込まれた拳が見える。
当然悪魔の体がふっ飛んでいくのを想像したが、そうは為らなかった…
悪魔は余裕の表情でリヴンを見送る。
「うっ…がっ!!!!」
前のめりに倒れるリヴン。悪魔の体勢から見るに、剣の柄で後頭部を殴られたらしい。
「クハハハハッ!!!!やはり無様だよ貴様は!!!!」
悪魔の笑い声が止まらない。
「リヴゥウウン!!!!!!」
絶望に近い声で叫び上げる過去の僕。
魔法を発動する度に、金色に輝くリヴンの鎧だったが、今は何の変哲も無いただの青い鎧…
それはつまり、リヴンの意識が無い事を伝えていた。
「ククク…リングが発動すれば逃げられていたかもなぁ…知っていたか?それは、指にはめなくとも、持っているだけで効果があるんだ。」
時折小刻みにピクピク震えるだけで、反応の無いリヴン。
「だが、残念だったな。そのリングの時間の流れは過去に留まったままだ。つまりは、空間転移など行わない!!俺を倒すしか方法は無くなったと言う訳だ!!!」
この言葉に心臓を鷲掴みにされる想いだった。
(悪魔から逃れる方法が無くなった…)
悪魔は僕らを逃す事はしないだろう…そんな事を考えながら、悪魔の方を、ボォッと見つめるだけの過去の僕。
正直この時の悪魔の声は耳に入ってこなかった。意識体になって初めて聞いた。
この時初めてリヴンの過去に目を向ける事になる…
「せっかく思う存分闘える時間を与えてやっていたというのに、これではどちらにせよ変わらなかったな…そうだ、さっき、一度封印されかけた事を忘れたかと言ったな?そっくり返してやるよ。鳥にされて死に掛けた事を忘れたかとな…フハハハハ!!!ぐぅの音も出ぬだろう?え?どうした!!ハァ~~~ッハッハ!!!」
えぐりこむようにリヴンの顔の側面を踏みつける悪魔の顔は至福の表情を浮べている。
今まで頼もしく思えた存在の敗北に、過去の僕の中の恐怖は最高潮に達する。
その時と違い、冷静に様子を見る。
「あの時、いきなり津波を起こしてやるべきだったかな…そうすれば、街もろとも海の底に沈んで、こんな屈辱を味わう事も無かったろうになぁ…」
何のことだと思うが、そこまで言ったところで、リヴンの鎧が突然強い光を放つ。
飛びのく悪魔。
「フフン…そうこなくてはな」
未だに余裕の表情は変わらない。
「い、今…なんと…??」
後頭部を抑えながら、よろめくように立ち上がるとリヴンが信じられないという様子で悪魔に尋ねた。
「津波を起こしてやればと言ったんだよ!!」
「なんぢゃと…そ、それでは…」
「フハハハハ!!!そうだ!!!俺だよ!!!津波がくると教えた魔術師というのも、お前の大事な女を魔晶石へと駆り立てたのもなぁ…」
「リ、リディアを…!!!」
「そうだ…その女さ。津波を止める為に自らを犠牲にしたあの女だよ!!」
言いつつ歪みでた笑顔は、正に悪魔そのものだった。
「ふ、ふざけるな!!あの津波はお前が起こしたというのか!!!」
「ククク…問題はそこではないだろう?誰が津波を起こしたかでは無い。誰が、あの女を殺したかだ!!」
ハッとするリヴン…ガクリと膝が落ち、うな垂れてしまった…
そこまで流れたところで、映像が止まり、灰色になる。
(何の事を言っていたのか気になるだろう?)
再び響く悪魔の声は、過去の映像の時とは違って鮮明に聴こえる。
(どうでも…)
(フフフ…ムリはしなくていい…感じるぞ。貴様の中の恐怖…)
(うるさい…何だってこんな暇な事を!!!)
(暇?違うな…俺は、お前を使って楽しませてもらっているのだよ。かつてない程の絶望した姿に打ち震える人間の姿が見たくて見たくて仕方が無いのさ…)
(もう十分だ…一思いに殺せよ…どうせ…死ぬんだ…)
(ククク…まぁ、そう言うなよ…全てを知ってからでも遅くは無い。折角稀代の英雄の剣を譲り受けたんだ。少しは抵抗してもらわんとなぁ…)
その言葉に、またリヴンが言い残した事を思い出す。
(奇跡はある。信じていれば必ず…いいか!!必ずぢゃ!!!)
奇跡なんて…起こりえない。ただただ死に向かう恐怖に打ち震えるだけだった…