「き、貴様不死身か…?」
悪魔がリヴンを見て驚愕している。それもそのはず、その勇ましく構え立つ姿は、切断までいかないものの、出血痕が無ければ足に重症を負っている人間とは、とても思えなかったからだ。
落下した時、ねじる様に曲がった首も何事も無かったかのようだ…
しかし、しばらくリヴンを見て、ハッとした表情を浮かべ、悪魔はニヤリと得意げに顔を歪める。
「そうか、その鎧…魔力を持っているという訳か…」
「そういう事ぢゃ!!」
言って、リヴンは飛び跳ねる。
「切られた足もこの通り!!」
先ほどまで全く動かなかった左足で、ピョンピョン飛び跳ねるリヴンに、今度は過去の僕が驚愕の表情を浮かべる。
そんな僕の耳に、悪魔独特の含み笑いが聴こえる。
「ククク…フハハハハ!!!面白い。青の騎士たちが最強だと謳われた訳がやっとわかった!!」
「ふぉっふぉっふぉ…余裕ぢゃのう…」
不審の表情を浮べるリヴン…
「なるほど…強い訳だ…傷ついたとしても鎧に秘められた力で治癒してしまうのだからな…」
そこまで言った悪魔の表情が変わる。邪眼が細められ、左肩まで上げられた右手が、何かを掴むように握られる。
そして…
「ふざけおるなぁああああああ!!!!!!!」
悪魔の怒号と共に伸ばされた右手から炎が、ほとばしった…!!!
一度見て知っている意識体の僕ですら、息を呑むような光景。
火山の噴火口に居ながらにして噴火の瞬間を迎えたような物凄い炎が広がった。
爆発…
それは大きな大きな光の玉となって、謁見の間を焼き尽くす。
ウォール・スレイドから放たれる魔法の壁が過去の僕を守る。
ガタガタ…ガチガチッ!!!
震える体、鳴り止まない歯鳴りの音…
守られていると解ってさえ、僕の心は迫り来る炎の恐怖に耐えられなかった…
邪悪なる黒い炎が僕の視界を覆っていった…
(そ、そうだ…ゆ…優莉~~~~~っ)
心に絶望的な不安が広がる。
この時優莉を守るものは無かった…そう考えると、奇跡はこの時にも起きていた。
その事に気付けど、僕は恐怖に駆られ、震えるだけだった。
動く事すら出来ない。目を開けることさえ敵わなかった。
実際、優莉の生存は不可能に思われた。
だが、過去を見守る意識体の僕は、不可能では無いと知っていたので探す…
うっすらと光に包まれた優莉が見えてホッとする。
知っていても、確認するまで気が気ではなかったのだ。
(リヴン…いつの間に彼女にバリヤーを?)
リヴンが助けてくれたのだとばかり思って、感謝していたのだが、実際は違った。
この時リヴンの声を聞ければこう言ったに違いない。
「な、何という事を!!!ゆ、優莉どのは!!!!」
彼自身、救えないと思っていたのだ。
病院の際にも述べたが、悪魔の考えなかった悪魔のかけた魔法の意外な効果が、皮肉にも優莉の命を守っていた。
悔しいが、奴のおかげなのだ…
「クハハハハッアァア──ッハッハッハッハァアアアア!!!!!」
悪魔の馬鹿笑いが木霊し続ける。
今も僕の心を鷲掴みにする恐怖の旋律。
「ククククク…流石の青の騎士団の団長様も一発で消し飛ばされては治療の施しようが無かった訳だ…」
うっすらと見え始めた部屋の様子に、堪(こら)えきれない悪魔の嘲笑は広がり続けた。
「リ、リヴン…」
黒く焦げた室内、燻(くすぶ)る炎…地獄のモノとしか思えない光景に目を奪われ、希望を失った過去の僕の口から、絶望の声がもれ出た…しかし、
「何ぢゃ?呼んだかの?」
いつもの声が耳元で聴こえる。
同時に、背を向けていた悪魔の笑い声が止まった…
なんだと?
そう背中から聴こえるような様子で、ゆっくりと声の元を辿る…
「驚く事はあるまい?」
飛ぶように悪魔の目の前に迫るリヴン。その移動の間の空間での動きは目で追えるものでは無いほど速かった。
ゴクリッ
後ずさる悪魔の、ノドが鳴るのがハッキリとわかる。
「この鎧は、聖なる杯(さかずき)からの水によって清め、鍛えられた鉄で出来たもの。邪悪なる炎で焼かれるはずが無かろうて…」
ひざまづいている訳でもないのに、まるで悪魔がそうしている様に見えるほど、悪魔を圧倒する。
「先ほどの炎の連続攻撃で、ワシの体に一つでも傷をつける事が出来ていたか考えていれば、今の攻撃が無意味だと判ったのぢゃろうがのう…しかし、ムチャをしたものぢゃ。ワシと貴璃斗は大丈夫ぢゃろうが、優莉どのまで殺しかねないとこぢゃった…流石に焦ったぞい」
ギリリッ
悪魔の歯軋(ぎし)り。燃える目が、更に燃え上がったと思った瞬間、悪魔の姿が消える。
「その手をどうするつもりぢゃ?」
動じる事無く発せられるリヴンの声。その目は悪魔の動きをしっかりと、捉えている。
悪魔は過去の僕の後ろに現れていた。背中に押し当てられた手に、僕は力が抜けたように座り込みながら絶句するしか無かった。
リヴンの言葉で優莉が生きていたと知り、駆け出した時の笑顔は失せ、額に汗を浮べた顔には恐怖が宿る。
「知れたこと。我が怒りを鎮める為に、こやつ等を始末する」
その言葉に死を覚悟した…
押し当てられた手に感じる重圧。逃げ場は無い。
「ほう…面白い。やってみるといい…ふぁ~あ…」
欠伸(あくび)をしながら言うリヴン…
(このお!!!薄情者!!!)
恐怖も忘れ、思わず立ち上がりかけた僕だったが、背中にあった、のし掛かるような重圧が無くなっている事に気付いた。
ドガッ!!!!ドッ!!
「──!!!!」
同時に聴こえた衝撃音に振り返ると、悪魔が謁見室の黒焦げた壁に激突し、倒れている。
「言い忘れたが、出来るものなら…な?」
余裕のリヴン…半ば呆れながらも、横に立つリヴンを頼もしく感じていた。
だが、僕は知らなかった…悪魔はこの時、演技をしていた。
手を押し当てた時点で僕を殺せていたはずなのだ…
(ククク…優越感に浸(ひた)っている貴様の顔がどんな風に歪んでいくのか…ゆっくり楽しませてもらうとしようか…)
立ち上がり睨みつける悪魔の心の声。
歪む悪魔の目は間違いなく笑っていたのである…