第六十二話


 寝室に運ばれてから意識を失ったエルフィーネは、何日も生死の境をさまよっていた。

 その間に訪れた見舞いの客は、隣国の王も含め、数百人に上った。

 王妃の勇気と大いなる愛に、涙ぐむものが後を絶たない。

 拒絶反応すら示していたアーシュも火の中の焼けただれた人影はエルフィーネと認めざるを得ない状況になった。

 そんな中、敵対していた国の王が、訪れたのは、予想だにしないことだった。

 その国はマルフェート。

 アーシュが治めるエイジア国に眠る石油を狙って度々攻勢を仕掛けてきた国。

 しかし、白旗を掲げつつ、進軍してきたマルフェート国の王は、

「和平を申し入れたい…」

 そう言って衛兵達を驚かせた。

「間違いなくマルフェートの王なのか?」

 誰もが疑いの目を向けるが、その出で立ち、振る舞い服装に至るまで、疑惑を一掃するに足るものであった。

 何故、仇敵とも言える、マルフェートが和平を申し入れたのか…

 理由は至って簡単で、

「王妃の行動。見事である」

 というものだった。

 エルフィーネの、身分を分け隔てない姿勢に感服し、この様な素晴らしい姫の治める国に、攻撃を仕掛けるなど、無意味で、愚かな事だと悟ったとまで言ったのだ。

「石油ごときで、無駄な血を流したくない。これからは、共に国の繁栄の為に尽くしましょうぞ」

 この言葉、罠とも取れるものであったが、いつも劣勢を強いられる小国の王に過ぎないアーシュにとって、願っても無い話だった。

 様子を見ながらではあるものの、アーシュは大臣と相談の上、和平を受けることにした。

 その翌々日、両国の国民が集まり、それぞれの平和を祝う祭りを開いた。

 人々は、争いのない未来を願って、乾杯をする。

 中には個人的に仲の悪い者同士もいたが、この日ばかりは笑顔を作りあう。

 和平の発端となった王妃は登場する事無く開かれた祝宴であったものの、その様子は、アーシュの心に変化を及ぼす。

「エルフィーネ…」

 有り得ない奇跡とも言える敵国同士の和平の成立。

 身分の低い、貴族からすれば助けるなど滑稽とすら思える命。

 雇えば代わりなど幾らでもある使用人の子供を、命を投げ出してまで救おうとした。

 雇う側であって、雇われの身に義理立てなどする必要など無いのに…

 利害など無視した、無償の愛とも言える王妃の行動に皆感動し、この祝いの席は実現している。

 人々の価値観を変えた王妃。

「立派ではないか…」

 それにくらべ、自分は…

 アーシュは、火事以来、苦しむ王妃の元を訪れさえしてなかった自分を恥じた。





 かなりの勇気がいったが、決心し、アーシュは何日ぶりかにして、王妃の元を訪れた。

「エルフィーネ…」

 焼けただれた人影が、記憶の中をかすめるものの、何とか気持ちを落ち着けて、王妃を見るアーシュ。

 ただれた部分は、包帯が巻かれていた…

 右半身に、ミイラのごとく包帯が巻かれている。

 美しかった顔は、半分に…左目の周りを残すのみになっていた。

 それでも苦しそうな様子を浮かべている。

「エルフィーネ…」

 力を失って垂れ下がった左手を取り、握りながらアーシュは涙した…

「王…」

 傍にいた医師が声をかける。

「感謝する…」

 アーシュは振り向くと医師に頭を下げた…

「そなたのおかげで、姫はこうして命を繋ぎとめていてくれた…」

「いえ、私はなにも…姫様の精神力の賜物で…」

「今日の治療は…?」

「薬草の取替えを残すのみ…それも、12の月を数える頃でございます」

「あと2の月か…」

「はい…」

「よし、それまで体を休めてくるといい」

「は?滅相も…」

「よい…暫く、二人にさせてもらえまいか…」

「で、では何か有りましたら、私の従者を外に控えさせて置きますので…」

「うむ…」

 失礼します。医者の声と共に、寝室の扉が閉まる。

 月明かりに照らされる王妃の顔を見ながら、アーシュは祈るように目を閉じた。




 ────月が一つ傾きかけた頃。

「エルフィーネ…」

 何度めだろう…アーシュはその名を呼ぶたびに、記憶の中から思い出を引き出していた…

 初めての出会いは、隣国カーネスの主催する狩猟祭に呼ばれた時だった。

 決められた商品は無く、優勝者の望むものだった。

 皆の注目が一斉にエルフィーネに集まっていた。

 一番の成績を出せば、望む願いが叶うかもしれないとあって白熱したものとなった。

「俺は、あの姫に結婚を申し込む」

 対戦相手であり、旧知の仲であるシーカスの王子がそういうのを皮切りに、次々に名乗りをあげる者がある。

 負けてなるものか…!!アーシュは神経を集中し、読んで字のごとく、矢継ぎ早に獲物を勝ち取っていく。

 最後の白兎の段階で、残す矢は一本になっていた。

 残る対戦相手は…

 あの、一番に結婚という言葉を口にしたシーカスの王子のみ!!!

 矢は…3本所持していた。

 二本外したアーシュと違い、百発百中の腕前の持ち主だ。

 勝ち取った獲物の数は同じだった。

 余裕の笑みを浮かべるシーカス王子。

 追い詰められた可哀想な白兎に向かって二人が一斉に矢を構える。

 何をされるのか理解し、震える白兎…

 その時だった…

「うぅ…」

 アーシュに迷いが生まれる。それまで倒した獲物にも、鳥など小動物はいたものの、現れた瞬間に射止めるので、こんなにハッキリと表情を浮かべる事無く、決着がついたのだが、最後の白兎だけは、何故か、同情する間が生まれてしまう…

 シュバッ…!!!

「はっ…!!!!」
 
 しかし、シーカスの王子は迷う事無く矢を放ってしまう。

 完全に動けない様子だった白兎…

 絶体絶命…

 白兎のいた所に矢が刺さる…

「????」

 しかし、シーカスの王子の放った矢は兎を射止めてなど居なかった…

 目を丸くし、驚く王子。

「バカな…」

 理解できないという表情を浮かべながら、次の矢を構える王子…だが、

「うわ!!イテッ!!!」

 王子の顔に何かが当たり、驚きの声を発する。

「だ、誰だ…!!!」

 言いながら、アーシュを睨みつけるシーカスの王子。

「ち、違う…私では無い…」

 否定するアーシュは、目で何かを投げた人物は誰か、シーカスの王子に教えた。

 向かった視線の先に、見覚えのある顔があった。

 石ころを持って構える女性…間違いようの無い顔…

 それは、エルフィーネだった…



             ~第六十三話に続く~

 第六十三話はこちら⇒http://blogs.yahoo.co.jp/riarities/21233968.html?type=folderlist