カッツは怒りの形相を浮かべたまま、倒れたままだった僕の襟首を掴んで立たせると、低く抑えたような声で言った。怒りを抑えようとしているのだと思った。
「ユウちゃん、本当に何所に行ったか解らないのか…」
首を締め付けるようにカッツの手に力がこもる…僕は成すがままだった…同じ言葉を繰り返す。
「すまない…」
「てめ…!!」
再び、拳を振り上げようとするカッツ。
「カッちゃん!!やめて!!」
麗愛が見かねて叫ぶように言うと、カッツはハッとしたように身をすくめて、僕の首から手を離す。
「くそっ!!」
僕が脱いだ靴を蹴り飛ばすカッツ。
「一体…一体どうしたってんだ?何で、ユウちゃんが居なくなるんだよ!!お前何したんだ!!」
答えようが無い質問…その時の僕には、何故優莉が狂ってしまったのか、本当の原因は解っていなかった…どう答えるか考えようとした時、声がした。
「どうしただって?」
そう言ったのは母さんだった…
「そりゃあ、こっちの台詞だよショウ君!!」
何故いきなり怒る???訳が解らず、母さんに3人の視線が集まる。
「それ!!!」
母さんが指差す先に答えはあった…なんと、カッツは土足で玄関を上がっていたのだった…
「あ、す、すんません!!!」
慌てるカッツ。
「はぁ…二人とも…いくら疲れてても、土足だけは勘弁して頂戴…」
「すんますぇ~ん」
さっきの迫力ある顔はどこへやら、オーバーなほど申し訳無さそうなリアクションに思わず笑いがこぼれてしまった。
「何笑ってるんだい!!」
すかさず母さんの怒声…僕のはある意味仕方なかったんですが…そんな事を考えつつ見ている間にカッツは洗面所から雑巾を取ってきて、拭き始める。
最後に来た時から数年経ってるとはいえ、学生時代はほぼ毎日遊びに来たこの家…勝手知ったる、何とやらだ…
「お前も拭いてこいって…」
拭き終わると僕のほうに投げてよこす。落ち着きを幾分取り戻した様子のカッツだった…
掃除を終えて戻ってくると、神妙な顔で出迎えるカッツ。
「ユウちゃん…記憶…無くなっちゃったんだって?」
言いづらそうに口にするカッツ…
「彼女にとって、僕らの記憶は重く辛いものになってしまってるようだ…」
何気に口にしたこの言葉が遠からず当っている事など全く気付かず、昨日優莉が倒れて病院に運ばれたことから、今日彼女が居なくなるまでの事をかいつまんで話した…
「こりゃあ…結婚どころじゃないな…」
一通り聞き終えたカッツの率直な感想…
「少し休んだら、また探しに行くつもりだった…」
本当に僕はそう考えていた…流石に歩く事すら気力で何とかしている状態では見つかるものも見つからない…そう考えて家路についたのだ。
「やめとけよ…」
意外にもカッツはそう言った。
「な、何を言ってるんだ!!さっきは…」
「あぁ。さっきは何で戻ってきてるんだ馬鹿ヤローって思ったよ。でも、今のお前じゃとてもじゃないけど見つからねえよ」
「なんだと!!」
「そんな顔して疲れてませんなんて言うなよ!!いいから休んどけって…」
言われた時は、いらぬ心配だと、軽く受け流していた…しかし、今精神体として客観的立場になって改めて見ると、カッツの表情が不自然だと感じた…なんだか迷ってるような?
「馬鹿を言うな!!僕は見つける!!見つけてみせる!!何としてもだ!!」
「ふぅ…俺様が探しに行ってやるから、お前は休んでろって!!」
「休めると思うか?今どこで何をやってるのか判らない!!そんな時に!!」
「いいから、休んでなって…!!昼と夜で分担すればいいだろう?」
しつこい…いつもなら、この位で黙ってろと言う風に手を延ばして首をふりながら判った判ったというはずなのに…
「もう、二人とも!!そうやって言い合ってるのが無駄だよ!!」
麗愛がそう言い出すまで、切りがないくらいカッツは休む事を薦めた…?
(あの時、貴様がわかったと答えていれば面白いことになったものを…)
不意に過去の記憶の時間が止まり、風景が灰色になる…悪魔が時間を止めている…
「やはり、お前が…!!」
(そうとも…そうでなければ、二日後に来るはずのコイツが何故この日に来たのか説明がつかぬだろう?)
馬鹿にしたようにいう悪魔…そういえば、優莉の捜索で疲れていた僕らは彼が日を繰り上げてきた訳を聞いてなかった…いつものサプライズ位にしか考えていなかった…カッツはワザと遅れると言っておきながら、誰よりも早くきて、他人が驚くのを見る悪い癖があるのだ。流石に大人になってはしないだろうと思っていたが…
「貴様!!カッツを操って…!!!」
(ふふ…そうカッカするな。あの鳥のように完全に操っていた訳ではない…知らぬことを聞かれてボロを出しては身もフタも無いからな意識的刷り込み程度の支配に過ぎぬ)
「貴様ぁ…!!」
(こわい、こわい…支配ではないと言って居るではないか)
おちょくる様な声。姿を見せぬ悪魔に、怒りの矛先をどこに向けていいか判らない。
(ふふ…騙されたと知って驚きが怒りに変わる、人間というのは、どうしてこう騙されやすいのだろうな?)
悪魔の嘲笑が精神体を突き刺すように響く。
(表面でしか物事を見ぬからだ…本質的価値を知らぬ人間風情を騙すのは造作も無い事だ。実に面白い)
「しかし、僕を誘導する事は適わなかった!!僕は休まなかったぞ!!」
腹立ち、苦し紛れの一言を言うが、
(フン…!!つくづく愚かだなぁ…貴様と言うヤツは!!答えが見えてるものを操って何が面白いか!!どちらに行くか!!…道は分れているからこそ面白いのだ!!)
嘲り(あざけり)かえす悪魔…
(ふふ…何度目になるか…自分の愚かさを少しは理解したか?貴様は、今回我が手中を駆けずり回って踊っていたにしか過ぎぬ。俺が用意したとも知らず、あの女を探し当てた時、イヤと言うほど思い知るだろう!!その女の心の中に、貴様は再び絶望を味わうのだ。さぁ…見るがいい!!貴様がいう愛とやらが、いかにもろく、崩れやすいものなのか!!!)
悪魔の声が遠ざかり、やがて景色に色が戻り始める…
俺が用意した?リヴンが追いかけた時、消えたというのは恐らく、リヴンを通じて悪魔が優莉を移動させたと言う事なのだった…
その悪魔が再び僕らを優莉と会わせた…その時初めて知った…悪魔が言う意味…それを知ったとき、僕の心は砕けそうになる…何故…何故だ優莉!何で言ってくれなかった!!
光の中の笑顔…消え行く愛しい人…その笑顔に隠された心に涙した…
愛しき人の手を、頬に感じている。
物言わぬ顔に笑顔が戻る日を僕は待っていた…