「どうぞ、お入り下さい」
ノックすると、凛々しい声が答える。南方(みなかた)先生だ。重いドアを開ける。流石に院長室と言うだけあって、物々しいつくりだ。
どこかの社長室と言った、豪勢な作りの中に、小学校など、教室に見かけるような黒板様の場所があるのが、何所と無く違和感を感じさせる。
どこかの社長室と言った、豪勢な作りの中に、小学校など、教室に見かけるような黒板様の場所があるのが、何所と無く違和感を感じさせる。
「親父の跡を継いで、そのまま使わせてもらってるんですが、このレントゲン台だけはつけさせてもらった。医者の部屋って感じでしょう?」
レントゲン台を見る僕と麗愛(れいあ)に話しかける先生。
「中々趣味の良い、でかい絵画が置いてあったんだが、どうも落ち着かなくてね。これに変えてもらった」
先生の言葉を聞きながら、レントゲン台に貼り付けた写真に女性のシルエットを見た僕は尋ねる。
「あの…これは」
「…そうです。織野(おの)さんのものです」
僕らの顔を確かめるように見た後、医者は続ける。
「さて、何から話したものか…そうだな…まず、これだけは言っておかないといけませんね」
何か悪い事を言われるかと身構えるが、そうでは無かった。
「MRIやCTスキャン等で、色々調べた上で言うと、まあ、検査結果を待つ状況ではありますが、私が見る限り、織野さんは、健康体だと言えます」
「眠っているだけだと…?」
「えぇ、言ってしまえばそうですね。私もハッキリこれだと言える原因がわからないので、何とも言えませんが…」
「そんないい加減な!!」
少し、医者に不信感を覚えたのか、麗愛が怒鳴るように言う。
「気持ちはお察しします…しかし、我々も手は尽くしました。どこの病院へ行かれても、同じ結果だと、それだけは自信を持って言えます。ですが今、何故織野さんが目覚めないのか、説明のしようが無いのが事実です…」
辛そうに語る南方医師。
「医者が…仮にも命を預かる人が、わからないなんて言っていいんですか?」
え?と麗愛を見る。涙を溜めていた。どうしたんだ?
「意識が無い。目覚めないんですよ!!それを解らないからって、こんな落ち着いて話してるなんて…医者を名乗ってるんですよね?命を…命をどう考えてるんですか!!!」
普段、お茶らけたところしか見たことの無い麗愛が、こんなに激しく怒ったのを見たことが無かった。僕ですら、こんな落ち着いて聞いていたと言うのに麗愛だけは怒っていた。
「仰(おっしゃ)るとおりです。医者として、これ程無力だと思った事は無い…」
「だったら!!だったら…原因を突き止めてください!!解らないんだったら探しなさいよ!!」
「おい、レア!!」
余りに感情的な妹に、待ったをかけるが止まらない。
「失礼だと思うわ…でも、この人は、解らないから…その一言で済ませようとしてる…ココに来れば、希望を持てるんじゃないか…きっとお兄ちゃんの思い違いで、それ程深刻じゃないんじゃないかって…そう思ってきた。それなのに…」
泣き崩れる妹。
「本当に申し訳ありません…」
そう言うと、深々と頭を下げる南方医師。
「やるべき事は全てやりました。後は待つしか無い。信じてください」
この言葉に、なす術は無いと思った。覚悟を決める。この時まで、僕は落ち着いていた。それ程、危険だと思ってなかったのかもしれない…
「頭を上げてください…」
顔を上げた医師の目を見ると、揺ぎ無い。諦めないと言ってくれた医師。信じるしかないと思った。
「なんか、ドラマとかで2~3日目覚めなかったとかあるじゃん。そういう事でしょう?」
麗愛に向かって、ワザと明るく言ってみる。
「なにを呑気な…!!」
麗愛の反応は予測範囲だったが、続く医師の言葉に、僕の心の均衡が崩れ始める…
麗愛の反応は予測範囲だったが、続く医師の言葉に、僕の心の均衡が崩れ始める…
「それなら…私どもも、前例があるのですが、今回それとは違い…少し気になる事が…」
言いにくそうな医師に、初めて不安を覚える。
「気になる事…ですか?」
「えぇ…ここにある写真は全て織野さんのものです。違う点がある事が解りますか?」
言われて見ると、前方、左右の側頭、上方色々な角度のものがあるが、医師の言う違いが、そういう事でないのが、一枚目と二枚目を比べて直ぐに解った。
「これ…ですか?」
一枚目にだけ見える影を指差して聞く。
「そうです…一番最初にそれを見た私は直ぐに手術をスタッフに告げました…」
「何ですって?」
ベッドに横たわる優莉に手術を受けた様子は無かった。第一、僕が病院につくまでの時間で終わったとは思えない。手術をしたならば、頭を開ける大掛かりなもののはず…つまり手術は行われていない。
訳が解らずに尋ねると、医師は躊躇(ためら)う様子で、少し間を置いてから言った。
訳が解らずに尋ねると、医師は躊躇(ためら)う様子で、少し間を置いてから言った。
「血腫…つまり、脳内での出血です…しかし、この後、正確な位置を割り出す為に撮影された映像にも、写真にも、これを発見する事は出来なかった…」
「脳内出血が…消えた?」
「そういう事になります…」
そんな馬鹿な事が起こるわけ…いや、奴らなら有り得る。でも一体何の為に?治してくれた?
「ですから、手術は行えませんでした。出血の事実も無く開頭するわけにはいかない…」
苦渋の表情を浮かべる医師。その医師にまたしても麗愛の怒声が飛ぶ。
「冗談でしょう!!一枚でも、たった一枚だとしても、ここに証拠はあるじゃない!!脳内出血が確認できてるのに、手術してないなんて!!」
「あらゆる方法を試みましたが、その写真以降、出血の事実は確認できなかったんです。私としても苦渋の選択でした」
「よく言うわ!ヤブ医者!!私、知ってる!!!脳内出血は蘇生率たったの30%だって…手術しても、目覚めない可能性は高い。あなたは、患者を見捨てたのよ!!」
「レア!!」
「キリ兄は悔しくないの?お姉ちゃんもう、二度と目を覚まさないかもしれないんだよ!!!あんなに結婚を楽しみにしてたユウ姉が…何でこんな病院に!!」
「いい加減にしろ!!」
言いながら、突然浮かんだ先程のスッキリしない疑問への、もう一つの可能性にハッとした。リヴン達は、優莉を治したのではなく、ただレントゲン撮影を妨害しただけとは、考えられないか…
(優莉の男性に変化しつつある部分を撮影される事を怖れた…?)
だとしたら、今なお出血を続けているのに、奴らはそれを隠すために…!!でも、死んだらそれこそ…しかし、
(脳内出血を知らないとしたら…!!!)
おぞましい衝動が、全身を駆け巡った…
「うわぁああああああ~~~~~~~~!!!!!」
突然叫びだした僕に、二人とも固まる。
「先生…手術!!手術を…!!」
南方先生にすがりつくように言った。変貌と言うべき僕の変化…
「しかし…それは…」
「言ってる場合か!!人間一人の命が掛かってるんだぞ!!」
尚も、無理だと言う顔を見せる医師に、僕は堪らず走り出していた。
(失ってたまるか!!優莉!!優莉ぃ~~~!!!!)
心の中に広がっていく暗闇の中で、その先に光など無いことも知らずに、僕は必死にもがいていた…