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はんどたおるのブログ

日々感じていることをつらつら書いていきます。今からやっておこう認知症予防!

TVのトレーラーを見て正直見に行くかどうか迷ってました。アライグマとか変な木人間?子供だましってか!

すみません、舐めてました。
見終わった今は、すっかり魅入られてしまい、あいつらにもう一度会いたいって思いで一杯です。

ブルーレイが出たら買うし、次回作も絶対に見に行きます。

若い人のために幾つか解説しておきましょう。
小さなお弁当箱みたいなものが出てきますが、あれはソニーが1979年に発売したウォークマンです。蓋を開けてカセット・テープを入れて音楽を聴きます。
映画に出てくるカセット・テープは主人公のピーターの母親が録音したものという設定になってます。

私もそうですが、当時はお気に入りの曲をいろいろ入れて自分だけのセレクト・テープを作ったものです。
友達と海に行くときは、それ用のテープを。もちろん曲順は大事です。
女の子と車でデートするときは大変です。一週間くらいかけてA面の一曲目はこれで、二曲目は、、、三曲目は、、、何て感じで録音して行きます。(笑)

ピーターのカセットには、“Awesome Mix vol.1”って書いてあります。
Awesome は、日本語で言うところの“ヤバい”くらいの感じでしょうか。
私なんかの世代だと「ヤバい」は悪いことの意味で使いますが、今の若い人は良い意味で使うでしょ?awesomeも似たようなもんです。
「イケてる曲特集その1」とか「アガる曲セレクション№1」みたいな感じでしょうか。

1970代の曲ばかりが入っていて、映画の各場面で効果的に使われています。

映画のテーマのひとつに、「友達や友情、チームなんて安易に口にするな。それらは一人ひとりが絶望から立ち上がり、向き合うものと戦う真の覚悟をしたときに生まれるんだ。ダメ人間?OK!俺たちを見てみろよ。みんなクソ野郎だろ?クズでもな、やるときはやるんだ!」ってのがありますが(笑)、時には相手を殺しそうになるほどいがみ合っていた彼らが、ついに一つになりガーディアンとして銀河を守るチームになる場面があります。

ここでかかる曲を紹介しておきましょう。
1976年のランナウェイズの「チェリー・ボム」です。
16歳(だったかな)のシェリー・カーリーがガーター・ベルトとコルセット姿でシャウトするところに日本中が衝撃を受けたものです。
2010年に映画化もされています。主人公のシェリーをあのダゴタ・ファンイングが演じています。
ちなみに、のちにソロで“アイ・ラブ・ロックンロール”をヒットさせるジョーン・ジェットをクリステン・スチュワートが演じていて滅茶苦茶ハマり役です。

私の後ろの席には、お母さんに連れられ小学校3年生くらいの男の子とお姉ちゃん(5年生くらいか)がいましたが、「ちょー面白かった。アライグマ可愛いかったね。」って言ってました。

宇宙船はカッコイイし、戦闘機のデザインもすごい!いろんなガジェットも細かいところまで入念に作り込まれており最高です。

ぜひ劇場で!
100%この映画を満喫しようと思うなら、前作「猿の惑星・創世記(ジェネシス)」をDVDか何かで見てからのほうが絶対いいです。他の猿の惑星シリーズは、この映画とは直接関係ないので必要ありません。

舞台は前作から10年後のサンフランシスコ。猿インフルによって人類の90%が死滅。
残りの10%の人々には免疫があり、かろうじて生き延びたものの壊滅状態のインフラの中、肩を寄せ合って生活していた。

一方の猿たちは、ゴールデンゲイト・ブリッジを挟んだ森でコミュニティを営んでいた。共存共栄ではなく別存別栄という形でお互い関わりを持たず年月が過ぎた。

前作の終りから考えるに、またサルと人間が戦うって、ちょっと脚本的に無理があるのでは、と思っていたのですが、いやいや杞憂に終わりました。

そりゃ戦争になるわ、って思わせる、よく練られた脚本に脱帽!
言わずと知れた至極の第一作の「猿の惑星」以降、貫かれているメインテーマ「差別、支配する側される側」は綿々と受け継がれていますが、それ以外にもまあよくこんな尺にいろいろ詰め込めたなぁと感心するくらいのテーマが満載。

あまり詰め込みすぎると掘り下げが甘くなったり、白々しさが漂ったりするものですが、全くそんなことはなし!

どちらかと言うとサル側の視点で物語は進んで行きますが、家族や恋人、友人を猿インフルで亡くし、辛く苦しい思いをしながら生き延びてきたことを想像すると人間の立場にも大いに共感できます。

映像は前作と比較して格段にスケールアップ。
とにかく猿の数多っ!!!
荒廃したサンフランシスコの街も、手前から数キロ先までボロボロになり崩れかけたビルが延々と続く。

お金かかってますわ。(笑)

前作もすごかったが、今回もモーションキャプチャーの鬼、アンディ・サーキスの動きがキレキレ。
あとは目を中心としたエモーショナルな表情に感動。主人公のシーザーはもちろんのこと息子のブルー・アイズの顔演技にも注目!イケメンですし。

猿(チンパンジー)って区別が付きづらいですよね?(笑)
息子のブルー・アイズには胸に大きな傷があり、顔も怪我したばかりなのですぐにわかるようになってます。
今回重要な役どころを担うkobaは前回からそうですが左目が見えず顔も歪み特徴的ですし。
要は本当に細かいところまで楽しめるような工夫がなされているんです。

大人子供、女性、若い、高齢、、、。
どんな人にも楽しめる極上の仕上がりになっていると思います。

次もありそうだなぁ(笑)
現在のテクノロジーを支えている物理学。
それを最小レベルで下支えする量子力学には不確定性原理というものがある。また有名な思考実験であるシュレーディンガーの猫も。(興味のある方はググって下さい)

乱暴に言うなら、物理的性質の一方を特定しようとしたら、もう一方が曖昧になり(その逆も)また観測するまで物事は決まらないという“いい加減”なミクロ世界を元に我々の世界は成り立っているという訳だ。

“いい加減”に見える物理法則でも現実世界においては、スマホは進化し、新たなロボットが開発され、アメリカはレールガンを現実のモノとしようとしている。


この作品は、ルーシーという女性がふとしたことから事件に巻き込まれ、我が身を救うべく、奮闘するのだが、脳のポテンシャルが上がっていくにつれ現実社会に住む人間と自分が乖離して行き、そもそも能力とは何か?進化するとはどういうことか?を問いかけてくる。

ルーシーの“脳力”が覚醒を続けるとどんどん現実感が削がれて行く。

「自己と世界のリアリティを保証するものとは何か?」というもう一つのテーマがそこに現れてくる。
「ブレードランナー」「トータル・リコール」「マイノリティ・リポート」「アジャストメント」などの原作で知られるフィリップ・K・ディックが追い続けた刑事学上テーマである。

ルーシー我が身を救おうとすればする程、世界は壊れていく。自分を取り戻そうとすればする程、マフィア、警察は殺し合い社会は混沌としていく。


最後に三つ目のテーマが現れる。

人間が住むこの世界、地球は宇宙の中ではちっぽけな矮小存在であるが、個と世界は貴重な関わりを持って今日まで存続して来た。
それを人間のエゴで終わらせてはならず、後世まで受け継いで行かねばならない。

推測だが、“核”を念頭に置いているのかも知れない。核戦争はもちろんのこと、原発も。
多くの人が犠牲となり、現在でも苦しい生活を余儀なくさせられているフクシマを我々は知っている。
一方で再稼働させたくて仕方ない、いやそれどころか新設までをも目論んでいる原子力ムラの政治家、官僚、原発メーカー、etc

フクシマでは偶然、工事中の4号機に1000トンの水が普段はないウェルに満たされており、爆発によってこれがプールに流れ込むという“奇跡”によって我々は今、生きながらえているのをもう忘れたかのように。

工事が予定通り終わっていたら、仕切り壁がもう少し頑丈だったら、奇跡的偶然が重ならなかったら、、、私たちはすでにここにはいないわけで。

火力発電所は火が消えれば無害、水力発電所は水が引けばOK。
でも原子力は人類の想像もできない気の遠くなるような核分裂反応を続ける。

100年や200年ではなく、数千年単位でもない、プルトニウム239の半減期は50万年。ほぼ無害になるまで何と100万年!!


人類よ、愚かさから覚醒せよ!世界を終わらせてはならない!我々が受け継いできたものはさらに子孫へ未来へと受け継いて行く使命があるのだ!


映画としては「見せ方」にもう少し工夫が欲しかった。

開始から20分も経たないうちに、ルーシーの驚異的力が示されるため、後半がどうしても刺激不足になり、ドキドキ感が長続きしないのである。

なので星4つ。