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はんどたおるのブログ

日々感じていることをつらつら書いていきます。今からやっておこう認知症予防!

正直に言うと、現職のアメリカ大統領による初の広島訪問を、手放しで、全面的に喜べない複雑な思いも少しはあります。

 

 

でも、原爆投下によって大量虐殺を指示したトルーマン以降、歴代大統領が取り続けてきた「戦争の早期終結のため」と言う自己欺瞞が71年続いてきた状況があり、それを初めて打破した結果となったオバマ大統領の広島訪問は、まさに歴史的な一日になりました。

 

 

以下の三つが、大統領の訪問を可能にしたと僕は思っています。

 

一つ目

 

「核なき世界」を宣言し、ノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領が、残り少ない任期中に、核廃絶に向けた具体的な行動を示したかったこと。

 

 

二つ目、

メディアの中には、オバマのレガシー作りだと揶揄する向きもありますが、そうではなく、オバマ自身が、歴代米大統領に通底するアメリカ・エクセプショナリズム(アメリカだけが神に選ばれた特別な国だとの考え方)とは明らかに一線を画すリベラルな思想の持主であること。

 

 

三つめ、

大統領が広島を訪問する下地ができあがっていたということ。

 

 

三つ目のきっかけを作ったのは、自民党、河野洋平元衆議院議長です。

 

 

 

200892日、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長(当時)が、広島平和記念公園の原爆死没者慰霊碑を訪れ献花しました。

 

出典:www.afpbb.com

 

下院議長と言うのは、大統領権限継承順位で2位の地位にあります。

 

 

アメリカ大統領が、執務不能になった場合、代わりを務めるのが副大統領です。

 

その副大統領までもが執務不能になったときに、大統領として執務を執り行う、極めて責任ある重要なポストが下院議長なのです。

 

 

映画「エンド・オブ・ホワイトハウス」では、大統領、副大統領が執務不能になり、下院議長であるモーガン・フリーマンがアメリカを救うべく奔走していました。

 

 

ま、それはどうでもいいか…。(汗)

 

 

 

日本初開催の議長サミットの会場として、河野洋平氏が、被爆地広島の開催を関係各所に強く働きかけた結果、実現しました。

 

出典:www.afpbb.com

 

「議長サミットが開かれることで広島が世界平和を考える重要な場所なんだということを知ってほしい。」

 

「戦後60年以上たち被爆者が少なくなる中で、若い世代が、被爆体験をよく聞いて正確に次の世代に伝えなければと再認識するきっかけにしてもらいたい」

 

当時、河野氏はインタビューでそう述べています。

 

 

 

ペロシ氏の献花ですが、外交的に極めて重大な意味を持つ行為ですので、当然のことながら、ペロシ氏個人の判断で行ったわけではありません。

 

事前に、入念な根回しをし、ブッシュ大統領(当時)のゴーサインをもらっていたそうです。

 

 

 

いずれにしろ、このペロシ下院議長の献花がなければ、のちの駐米大使や、ケリー国務長官、そして今回の、オバマ大統領の広島訪問はなかったわけです。

 

 

オバマ大統領広島訪問のニュース映像を見ていると、何となく安倍総理の手柄のように見えますが、安倍さんは、この時期に、たまたま総理大臣だったというだけです。

 

 

メディアは、全く報じませんが、河野洋平氏の業績は、もっと評価されてしかるべきだと思います。

 

 

 

さて、安倍さんの演説ですが、内容はこなれているし、実によくできた文章ですが、安倍さんの口から出てくると薄っぺらなものに聞こえてしまうのは、僕がひねくれているのか?(汗)

 

 

立派な演説の後ろに、安倍さんが抱えている致命的な矛盾が透けて見えるからかも知れません。

 

 

国益を犠牲にしてまで、必死にアメリカのご機嫌を取る一方で、アメリカを否定しているということです。

 

安倍さんは、2013312日の衆院予算委員会で、「東京裁判」について、「勝者の判断によって断罪された」と答弁しました。

 

 

当然のことながら、東京裁判を主導したのはアメリカです。

 

 

さらに安倍さんは、今年23日の衆院予算委員会で、現行憲法を全面否定し、「占領時代につくられ、時代にそぐわないものもある。私たちの手で変えていくべき」と述べています。

 

言うまでもなく、占領軍の中核を担ったのはアメリカですし、日本国憲法はアメリカによってもたらされたものです。

 

 

アメリカ議会で、アメリカを礼賛する一方で、実はアメリカを否定しているという矛盾。

 

 

アメリカが主導した戦後体制を痛烈に批判しながら、今回のように「アメリカと一緒に核のない世界を」などと言う。

 

 

 

若かりし頃、取引先の問屋さんの営業に同行したことがあります。

 

対応してくれた販売店の担当者に、ペコペコと必要以上に媚び「おっしゃる通りでございます、ははー」みたいな卑屈な営業担当。

 

「それではよろしくお願い致します」

と腰を90度に曲げ最敬礼したあと、担当者の姿が見えなくなると、なんとその営業「ふん!ベーだ!あの野郎!」

と舌を出したのです。

 

子どもか!(笑)

 

 

それ以降も、しばらくお付き合いが続きましたが、その営業担当はどうにも人間的に信用ならない人でした。

 

平然と嘘をつく、安請け合いをする、とにかく誤魔化す、承認欲求が強く無視されたり、バカにされたり、軽視されるとキレる…。

 

 

安倍さんを見るたび、僕はその営業担当を思い出します。

被災して当座の生活費を必要とする住民に対し、各都道府県の社会福祉協議会は、「生活福祉資金制度」を設けています。

 

熊本県の場合、一世帯当たり上限で10万円を無利子で貸してくれるそうです。

 

ところが、この資金を受けるためには、免許証、健康保険証などの身分証明書の他に「印鑑」が必要とされています。

 

 

引用:neta-net.net

 

住居が半壊、全壊して出たゴミ。

 

減免の手続きをすれば、回収する手数料が無料になるらしいのですが、その手続きにはこれまた印鑑が必要。

 

車が壊れ、廃車にしようとすると今度は、「印鑑証明」が必要になります。

 

 

 

災害対策基本法は、市町村長に、「罹災(りさい)証明書(災害によって被害を受けたことの証明)」を遅滞なく発行するように求めています。

 

この証明書は、義援金の受け取りや税金や公共料金の減免、仮設住宅への入居など、被災者にとってなくてはならないものです。

 

 

ところが、この罹災証明書を発行してもらうには、倒壊した家屋の写真と、これまた印鑑が必要だと言うのです。

 

 

もういい加減止めませんか?印鑑。

 

 

 

行政担当者:「実印でなくてもいいですよ、三文判で」

 

被災者:「いや、着の身着のままで出て来ちゃったんですよ。印鑑を取りに戻ろうにも、家は崩れそうで危ないし…。」

 

行政担当者:「じゃあ、文房具店へ行って買って来て下さい」

 

 

 

 

なぜそこまでして印鑑にこだわる???

 

 

「この手続きには印鑑が必要」と定められているので、職員の皆さんは、忠実に、それに従っているだけだということは分かります。

 

でも、この際原点に立ち戻って、「印鑑」について考えてみませんか?

 

 

倒壊し機能不全に陥っていた役場や市役所が、やっとのことで復旧したと思ったら、せっせと印鑑証明を発行している…。

 

 

「印鑑を必要とする文化」を止めてしまえば、もっと住民に役立つ緊急性のある重要な仕事が出来るはずです。

 

 

 

銀行は、印鑑を使わず取引ができるようなシステムを作りつつあるようですが、問題は行政です。

 

文具店で売っているような三文判が、「“本人が“受け取った、申し込んだ、申請した、契約した、証拠になるもの」になるなんて、どう考えてもナンセンスです。

 

サインでいいじゃないですか。

 

引用:minne.com

 

こんなくだらないもの(ハンコ屋さんすみません、汗)を使っている国なんて、世界広しと言えど、日本とお隣の韓国くらいのものでしょう?

 

僕には、サインが三文判に劣る理由が全く分かりません。

 

 

実はハンコ業界は、その莫大な資金力を背景に、政治家、官僚、財界の奥深くまで入り込んでいて、ハンコ文化を維持させている・・・とか。(笑)

 

当たり前を疑う①

当たり前を疑う②

 

 

 

出典:blog.goo.ne.jp

 

 

また沖縄で悲劇が起きましたね。

 

今回の容疑者は、アメリカ軍属(基地で働く民間人)だったので、沖縄県警による捜査、緊急逮捕ができました。

 

しかし、もし容疑者が今もアメリカ国籍を持つ海兵隊員で公務時間内だったら、アメリカは日米地位協定により、日本の警察が要求する容疑者の身柄拘束を拒否します。

 

 

日米地位協定17条の5には、

 

「日本とアメリカが相互に援助しなければならない」

 

としか明記されていないので、日本の警察は容疑者であるアメリカ兵士を逮捕できません。

 

 

 

今回の事件を受けて、安倍総理大臣は、

 

「徹底的な再発防止など、厳正な対応を米国側に求めたい」

 

とコメントしました。

 

 

何を今さら、という感じがします。

 

 

「米国側に求めたい」

などと言っても、アメリカの厳正な対応など期待できませんし、安倍さんも心底そう思っているとも思えません。

 

 

では、これまでアメリカに「厳正な対応を求める好機はなかったのか」と言えば、絶好のチャンスがありました。

 

 

 

僕は、安倍政権が強引に成立させた安保法制、特定秘密保護法、そして武器輸出三原則の無効化など、対米追従強化路線に反対です。

 

何度も書いていますので、ここで詳しくは述べません。

 

 

 

百歩譲って、いや百万歩譲って、これらアメリカに有利な法律を制定するなら、本来は、交換条件を提示して、

 

「日本はAを呑む、その代わりアメリカはBを呑んでくれ」

 

とするのが交渉です。

 

相手が要求するものをそのまま無条件で受け入れ、こちらからは一切何も要求しないなど、本来なら絶対にあり得ません。

 

 

 

集団的自衛権を一部行使できるようになったということは、これまで9条を盾に拒否できた戦争に巻き込まれるということです。

 

アメリカが引き起こす大義なき戦争に、

 

「おい日本、お前も参加しろ」

 

と言われたらもう断ることができません。

 

 

アメリカにとっては、日本に戦費の肩代わりをさせられるし、これまで以上に戦闘機や古い武器の購入を迫れるし、いいことずくめです。

 

 

一方、

「中国に攻められても、アメリカが助けてくれる」

と安倍さんをはじめとする右翼は主張します。

 

外務省は、日米安全保障条約の第5条を「米国の対日防衛義務を定めており、安保条約の中核的な規定である」

 

と、まあ実に都合の良い解釈をしていますが、5条のどこを読んでも(特に英文で読むと)「そんな義務など全く定められていない」ことが分かります。

 

NATO諸国との条約と比較すると、巧妙に言葉の言い換えがなされており、また二重三重のしばりも設けてあり、「いざというとき」アメリカは軍を出さなくてもいいようになっています。

 

お小遣いを巻き上げられ、「ジュース勝ってこい!」と毎日パシリに使われ、でもいざとなったら守ってやるからなと言う親分と子分の関係みたいです。

 

冷静に現況を見つめましょうよ。

 

 

 

安保法制のような日本に不利なものを成立させるなら、その見返りとして、日米地位協定の改定、思いやり予算の削減など、アメリカにとって嬉しくないものを迫るべきでした。

 

アメリカ(ペンタゴン)が、自ら「地位協定を見直しますか?」などと言ってくることは絶対にないので、日本から強く要求する必要があります。

 

 

日本と同じ敗戦国であるドイツは血のにじむような努力の結果、1993年に地位協定の改定に成功していますし、イタリアもアメリカに主権を譲り渡すようなことはしていません。

 

 

地位協定改定が、どの程度出来るかは交渉次第ですし、実現に至らないかも知れません。

 

でもアメリカに何も要求しないで、日本だけが損をする法律を作るなど、僕は安倍政権が行っていることは、売国行為に近いものがあると思います。

 

 

なぜこんなにもアメリカのご機嫌を取る必要があるのか?

 

 

以前も書きましたが、それは、100年後の歴史の教科書に「憲法を改正した偉大な総理大臣 安倍晋三」として歴史に名を遺すためだと僕は考えています。

 

孫崎享氏らが指摘しているように、アメリカに睨まれた政権は潰されます。長期政権を狙うためには、アメリカのご機嫌を取り続ける必要があるのです。

 

 

安倍さんは、

 

「第1次安倍内閣において参拝できなかったことは痛恨の極みだ」とし、20131226日に靖国神社を参拝しました。

 

 

ところが、アメリカ大使館から、「失望した」と靖国参拝を批判されると、手のひらを返したように、以降全く参拝しなくなりました。

 

 

アメリカや近隣諸国に配慮したと言えば聞こえはいいですが、その時々の雰囲気や情勢で参拝を行ったり止めたりするんだったら、大げさに「痛恨の極み」などと言わなければいいのです。

 

普通は「痛恨の極み」だと思ったのなら、次からは、何があろうとも自分の信念を貫くものです。

 

ところが安倍さんは、アメリカに何の根回しもせず、突然参拝し、怒られて、また参拝を止めるという何とも情けない場当たり的な行動を繰り返しています。

 

 

このことからも、安倍さんには政治信条とか信念などというものは全くないことが分かります。

 

自分を支持してくれる遺族会や日本会議、ネトウヨたちが、靖国参拝を望んでいるから行っているに過ぎず、強い信念に基づいた行動ではないということです。

 

 

「保育園死ね!」が国会で採り上げられ、メディア、国民の注目が集まると、急ごしらえで待機児童問題に対応する。

 

シリアの難民と移民の区別もつかないくらい難民に無関心なくせに、伊勢志摩サミットが決まると、これまた5年間で最大150人の留学生を受け入れると発表したり…。

 

 

「この国をこうしたい」

というグランド・デザインと細やかな実行計画が全くなく、安倍さんの口から出てくるのは、

 

「美しい国」

「一億総活躍」

 

みたいな曖昧で意味不明のキャッチフレーズのみ。

 

出典:ironna.jp

 

 

86歳の田舎の父は、

 

「何が一億総活躍社会や。俺はもうこれ以上活躍しとうないわ」

 

と言ってました。(笑)