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はんどたおるのブログ

日々感じていることをつらつら書いていきます。今からやっておこう認知症予防!

映画に愛された男こと(僕が勝手に言ってます)クリント・イーストウッド監督の「アメリカン・スナイパー」を観てきました。



アメリカでは公開直後から、激しい論争が巻き起こった作品です。

 

保守派からは、「最高の映画だ!伝説のスナイパーを英雄として描いている。愛国心の素晴らしさも。」

 

リベラルからは、「間違いだったイラク戦争を賛美するとは何事か!」

 

今日、僕の隣に座っていたカップルも、

女性は、

「面白かったね。ハラハラドキドキしたけど」

 

一方の男性は、

「クソつまんねぇ。アメリカの若い男って、遊び感覚で戦争に行くだろ?全然感情移入できねーんだよな」

 

言うまでもなく、映画の感想は十人十色で、ときには監督の制作意図と全く違った評価が下ることもあります。

 

百人が観て百人が絶賛するような映画はありえませんしね。

 

で、僕が思ったのは、「実はこの作品は、アメリカ万歳!戦争礼賛の皮を被った反戦映画で、テーマは愛」です。

 

160人を射殺した伝説のスナイパーは、国に対する愛(愛国心)と妻や子どもに対する家族愛の狭間で苦しみます。

一緒に戦った仲間への思い、弟への愛も描かれます。

 

結果、主人公はPTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦悩することになります。

 

ネタバレになるので書きませんが、エンディングの編集の仕方、音楽が流れないエンド・ロールなどからも「これはアメリカ万歳の戦争礼賛映画ではない」ことが分かります。

 

スピルバーグの「プライベート・ライアン」ばりの、目を覆いたくなるようなグロいシーンがあるので、女性にはあまりおススメできませんが、機会があったらぜひ観て欲しい作品です。

JRの駅の自動販売機で買った本です。



http://www.amazon.co.jp/


本当は、この本の下にあったものが欲しかったのですが、ボタンを押し間違えて、

 

「あ“っ!!!、しまったぁ~。間違えたぁーー!」

 

でも、当然ながら係りの人がいるわけでもなく…。

 

諦めて、まぁ、いいか、って感じで読みました。

 

 

哲学用語とのことですが、いろんなところで耳にするカタカナ用語、はっきりと意味を理解しているわけじゃないけど、分かった風で使ってしまっている用語が満載です。

 

・アイロニー

・レトリック

・メタファー

・イデオロギー

・パラドックス

・フェティシズム

・アンチ・テーゼ

 

などなど…。

 

これらの用語を、ブログなどでさりげなく使ったら、頭良さそうに思われるでしょうか?(笑)

 

今後、僕がブログで聞きなれないカタカナ用語を使っていたら、

 

そう、そういうことですわな。(汗)

震災でお亡くなりになった方々、被災して今なお苦しい生活を余儀なくされている方々に対して、僕はかけるべき適切な言葉を持ち合わせていません。

 

あれから4年、もう4年も経つのに、遅々として進まない「復興」と言う言葉が虚しく響きます。

 

「忘れてはいけない」

「決して風化させてはならない」

「語り継いでいく必要がある」

 

とメディアは言います。

でも、この文の目的語は何なのでしょうか?

 

それは津波で亡くなった方々、遺族の皆さん、壊滅した町、廃炉に向けて絶望的な歩みを続ける福島第一原発、被災して苦しんでいる人たちであるわけです。

 

 

一方で、正しくこれらを認識していないと、偏見からくる差別や風評被害を増長することにもなります。

 

言うまでもなく、偏見や風評被害は、地元の人たちにとっては迷惑以外の何者でもなく、なくなってほしい、「忘れて」ほしいものだという皮肉な事実があります。

 

僕たちのほとんどは、メディアの報道によってしか、被災地の現状を知ることができません。

 

「風化させてはならない」

とのスローガンめいたものより、メディアのみなさんには、細やかな取材を積み重ね、現状を正確に伝えることをお願いしたいと思います。

 

そして、そして、政府には、改めて真剣で迅速、かつきめ細やかな復興施策の実行をお願いしたいと思います。

 

23万人にものぼる仮設住宅生活者がいるのに、昨年度末で9兆円もの復興予算が余っているとは、一体どういうことなのか?

 

必要としているところに予算が行かず、復興とは全く関係のない沖縄の教育振興や国道整備事業、防衛省の武器車両、航空機整備などに使って良心は痛まないのか?

 

復興庁を作っても、相変わらずの役所の縦割り行政の利権争いを止めることができず、完全な機能不全を起こしているのに、安倍総理や政府は、十分でない成果を強調し、あたかも政府がよくやっているかのような印象を与えることに恥ずかしいとは思わないのか?

 

野党は、与党のミスを追求ばかりしていないで、上記の問題をもっと追求するなど貴重な国会を、建設的で生産的な議論を深める場としていただきたい。

 

国会議員全員に、「もし自分の家族、親族が被災していたら」との立場に立っての思考と行動を期待します。