熊本で地震がありました。
日本では、もはや安全な場所などないということです。
現在、稼働中の川内原発、停止中の玄海原発に異常はないと原子力規制委員化が発表しました。
でもこれは当然のことではなく、“たまたま“に過ぎません。
原発の真下が震源地だった場合、格納容器が崩壊し、メルトダウンが起こることだって十分にあり得ます。
そうなると、フクシマの二の舞です。
フクシマの事故を受けて、ドイツのメルケル首相は、すぐに原発推進の方針を撤回し、脱原発を発表しました。
ところが、事故の当事国である日本の安倍総理は、原発は重要なベースロード電源だとし、規制基準に達した原発を再稼働する方針を打ち出しました。
それどころか、原発の新設まで目論んでいるようです。
つまりはこう言うことです。
「国民の命は、カネよりも軽い。」
「カネのためなら国民の生命が将来に渡って危険にさらされ、ときに奪われるようなリスクがあるとしても、それは仕方のないこと」
と、日本の総理大臣は考えているということですね。
使用済み核燃料の廃棄場所も決まっていないのに、各電力会社は、停止中の原発を再稼働することしか考えていません。
プルトニウム239の半減期は、2万4千年ですよ。
完全に無害化するまで、およそ10万年の時間を要する危険なものを、どこの市町村が受け入れるというのか?
カネと利権で固く結びついた政治家、官僚、電力会社、経団連などの経済団体は、単に問題を先送りしているだけです。
「自分たちはそのうち死ぬ、使用済み燃料などの問題は、将来の日本人が何とかしてくれるだろう」
まさに究極のエゴイズムですね。
もう一つの目論見についても書いておきます。
核兵器を持ちたいと思っている右翼勢力にとって、原発は絶対に必要なのです。
核兵器を持たない日本が、プルトニウムを保有していることを許されているのは、「プルトニウムを再処理することにしている」からです。
プルトニウムを濃縮すると核兵器への転用が可能になります。
でも、この核燃料サイクル計画は、とっくに破綻しています。
維持費が1日当たり、5.500万円もかかるのに、ほとんど動いたことのない高速増殖炉もんじゅ、そして本格運転をどんどん先延ばししている六ケ所村の再処理工場をみれば、お先真っ暗どころか、この計画は絵に描いた餅なのです。
万が一、また原発事故が起きて、日本が壊滅する事態になったら、安倍総理たちは専用機でさっさと逃げ出すでしょう。
その時になって、「あの人やっぱり駄目だった」と思っても遅いということですね。