僕が応援しているブロガーさんが、触れていらっしゃったので、乗っかって書いてみます。(汗)
手塚治虫の「火の鳥」についてです。
プロフィールにも書いていますが、火の鳥は、僕のお気に入り漫画の一つです。
でも、最近読んだ漫画は何だっけ?その前は?などと、改めて思い返してみると、ここ数十年、漫画は、一作品を除いて全く読んでいないという事実に突き当たりました、って今さらかい!(^_^;)
唯一、読んだのは、長女が勧めてくれた「宇宙兄弟」です。
「高校時代は“あしたのジョー“に熱中したとか、“火の鳥“には感動したよ」とか、結局、すべて過去の経験でした。(;´д`)
今、火の鳥を読んだら、一体僕はどういう感想を持つのか?
当時のはんどたおる少年は、火の鳥のどこが好きだったのかを思い返してみますと、ひとことで言うと「壮大なスケール感」です。
時代は太古から現代、そして未来。
それらが交錯して話が進んでいきます。
舞台も分子から原子、素粒子レベルのような極小の世界から、太陽系、銀河系、宇宙の果てへと旅する主人公が描かれます。
造物主である「神」とは何か?生命はいかにして誕生したのか?人間のあくなき欲望とは?罪とは何か?罰とは?
私たちはどこから来て、どこへ行こうとしているのか?
火の鳥は、過ちを犯した人間を決して許しません。
輪廻し動物になり、また人間に生まれ変わっても罪を犯した先祖の業を背負わされた人は、未来永劫苦しみを与えられ続けます。
好きなブロガーさんがおっしゃるように、悪行を積んでしまった人間は、火の鳥に見つからないよう生きるしかない、火の鳥の執念深さはハンパない(^_^;)
言われてみれば確かに。
こ、怖い…。(;´д`)
当時の僕は、火の鳥を地球レベルで考えるなら、「神を超越した存在」
さらに大きな視点に立つなら「宇宙の設計者から遣わされた地球担当インストラクター」くらいに理解していました。
我々は平等に生まれて来てはいません。
恵まれた人生を送る人もいれば、不遇な生き方を余儀なくされる人もいます。
それは一体何故なのか?
真面目に生き、清貧な生活を送り、正義を実行しているつもりの私がどうしてこんな目に遭わなければならないのか?
悪質な行為を厭わず、暴利の限りを尽くしているあの人がなぜ人生を謳歌しているのか。
などと考える人はごまんといるでしょう。
キリスト教やイスラム教は、神に祈ることで救われますが、僕たち日本人の大部分はこの教えにピンときません。
でも厳然として「不公平」「不平等」はある。
不自由な体で生まれた、醜い顔で生まれてきた、どうして?何も悪いことはしていないのに!
火の鳥は、この悲痛な叫び、不条理に対するひとつの答え、というか示唆なのではないか。
さらに、先祖の誰かが犯した罪は、永遠に受け継がねばならない。
だから「死んだら終わりだから何をやっても良い」などと思わず、子孫のことも考え襟を正して生きよ!という手塚のストレートなメッセージも読み取ることが可能です。
中年になった今、読み返したら感想も変わるかも知れませんが、いずれにしろ、手塚治虫の想像を絶する想像力(笑)と徹底した科学考証に基づいて展開していく奇想天外なストーリーには脱帽するしかありません。
もう一度読んでみようと思います。
みなさんもぜひどうぞ(^▽^)