認知的不協和は、アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱されたものです。
人にはそれぞれ信念があり、それに基づいて行動しています。ところがそこに矛盾や間違いを見つけると、人は不愉快な気持ちになります。
この落ち着かない不愉快な気持ちを「不協和」と呼びます。
ある新興宗教があるとします。Aさんが入信しました。教祖様の話を聞いているうちにどんどんのめり込んでいきました。
財産を全て寄付し、離婚し、会社も辞めて教団にすべてを捧げる決心をしました。
入信から今年で3年になりました。教祖は今年の12月31日に世界が滅びると予言しています。
AさんはBさんを勧誘しました。Bさんも信者として宗教活動を始めます。
ついに12月31日が来ました。信者たちは教団施設に集まり、教祖を中心に祈りを捧げます。「自分たちだけは救われますように!」と。
年が明けました。何も起こりませんでした。
ここでAさんとBさんに認知的不協和が生じます。
「教祖さまがおっしゃった世界の終わりはこなかった!どういうことだ!俺が信じていたものはウソだったのか!」
人は認知的不協和を解消しようとします。
でもその方法はひとつではありません。
Bさんは入信まもないため、そこまで熱心な信者になってはいませんでした。全財産を寄付したわけでもないし、家族も家もまだあります。
Bさんはこの教団を去ることにしました。
「あの教祖はインチキだ。この教団はまやかしだ。」と思うことで認知的不協和を解消したのです。
さてAさんはどうか。
Aさんにも認知的不協和が生じており、ただちにこれを解消しなければなりません。
AさんもBさんと同様に教祖、教団に不信感を持ちます。でもBさんと違い、すべてを教団に捧げてしまい、帰る場所がありません。
Aさんは次のように考え認知的不協和を取り除くのです。
「終末の日はこなかった。でもそれは教祖さまのお力で回避出来たのだ。きっとそうだ。教祖さまは常に正しい。これからももっと修行に励もう!」
これはひとつの例ですが、認知的不協和は、私たちが常に経験していることです。
タバコが止められない人は、「うちのじいさん3箱吸っていたけど100まで生きた」とか「交通事故で死ぬ確率の方が高い」のような話にすがることにより認知的不協和を解消します。
「原発はなくす方向で行くのが正しい」と思っていても、電力会社を辞めてまでそう主張できるかと言うと、それは極めて難しいでしょう。だから原発のリスクやデメリットには目をつぶります。
会社の不祥事を内部告発できる人は、認知的不協和の解消において、ゆるぎない信念と正義感に基づいて行動したわけです。
中々真似のできることではありません。
頭が下がります。