子どもの頃から
失敗することが怖くて、
失敗したら、そこで終わりだと思っていた。
落とし穴にはまって
のたうち回って、
「自分はなんて駄目なんだろう」。
だけど、それを横で見ていて
「それもオイシイね」って
言ってくれる人がいれば、
笑って肯定してくれる人がいれば。
途切れることなく、
その先へつづく。
物語は続いていく。
予定調和では
ストーリーは大きく動かない。
色々な映画や、小説のストーリーでも
予定外のハプニング
いつもとは違う行動を選んだこと
周りの意見を聞いて
呑み込んだ方が良かったけど、
どうしても譲れなかったこと
駄目だって、わかってても
感情を抑えきれなかったこと。
些細な、
あるいは大きなイレギュラー。
それをきっかけに、物語は大きく動く。
心にしたがう。
心が動いた方を、選択する。
一歩踏み出して、挑戦する。
その結果なのだとしたら。
今は、失敗したように見えても
やらかしちゃった!って思えても
もっと、ずっと後になって振り返ったら
自分の「物語」が
大きく動き出す
その、初めの日だったかもしれない。
* * * * * *
小説を読んでいて、
登場人物の
いきあたりばったり加減とか
そこは我慢しようよ!!とか
色々ハラハラして
つっこみたくなったりするけれど。
「でも、ここで行動しなかったら
あの人と出会えなくて、あとあと…」
みたいな
「神の視点」から見てしまうと、
その時の、その行動は
物語を構成するうえで
必要不可欠だったんだな、とわかる。
わたし達は、自分の人生を
物語のように
遠くまで見通すことはできないけれど。
この出来事も、
ずっと後から見れば
大きな意味があったと思える
「かもしれない」。
今の時点では
意味なんてわからなくても。
それは、未来に委ねて
ただ、歩いてゆく。
お越しくださり、
ありがとうございました。
明日もあなたが、笑顔でありますように。









