こんにちは。
山本麻莉(やまもと まり)です。
まもなく 40歳を迎えます。
40歳って‥‥なんて言うか
ちょっとした節目のように感じるんですよね。
孔子曰く、「四十にして惑わず」。
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【不惑】ふわく
1.物の考え方などに迷いのないこと。
2.《「論語」為政の「四十にして惑わず」から》40歳のこと。
〈小学館 デジタル大辞泉〉より
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「惑わず」ってなんだろう、
動じない
迷わない。
いや まだ当分 無理だよなぁ。
けれど、この言葉について 最近
興味深い説を目にしたんです。
今日は、それを語りたいだけのブログです ![]()
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なんでも、孔子が生きた時代
紀元前6世紀には
まだ「心」の概念はなかったんじゃないか?というのが問いのはじまり。
だから漢字の成り立ちの時期を考えると
ほんとうは
「不惑」じゃなくて
「不或」、だったんじゃないかって。
じゃぁ、「或」(わく)ってなんなの?
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境を設けた地域を武器で守る意を表す。
ひいて、「くに」の意に用いる。
「國(コク)(国)」の原字。
出典『角川新字源 改訂新版』
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境界線を引いて、ガチガチに守っている。
それが「或」。
ならば「不惑」は、その反対だから
ゴリゴリに固めていた、外側の境界線を
鮮やかに、取っ払って
ガチガチに守っていた、これまで築いてきた価値観を
軽やかに、手放して
もう一度、柔らかな感性を
外界に開いて
外界とつながりなおす。
”アンラーン(unlearn)”
そんなイメージが浮かび上がってくる。

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言葉の意味について
実際のところは
どうだったか、わからないです。
以前、本で読んだだけの、出典も定かではない知識。
だけど、そっちのほうが「楽しいな」。
そう思いました ![]()
「動じない」「迷わない」を 自分に課して進むより
「動じたり」「迷ったり」しながら
自分が今まで強固に作り上げてきたものを
軽やかに壊して、手放して
また新しく
変わっていける。
そっちのほうが
「いいなぁ」「楽しいなぁ」。
開いた世界から、風が巡るように
水のように しなやかに 軽やかに
変わっていけたらいい。
だから40歳を迎えるわたしは
「不或」で生きてみよう、と思うのです。
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水のように しなやかに、軽やかに。
物語と イメージの力で 変化する
山本 麻莉
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