今、許せないことがあるとしたら
今、許せない人がいるとしたら
無理に
許そうとしなくていい。
今は、まだ
その時じゃないんだ。
最近、
そんなことを書きました。
その一方で
どこかで、
「許せるなら、許した方がよい」って
思っていたかもしれないと気づいた。
許せない気持ちが
自分の中に残っているのは
苦しいから。
たとえ、箱に入れて蓋を閉めて
念入りに鍵をかけてしまっておいた
想いだったとしても。
手放せるなら
手放したほうがいいんじゃないか。
けれど。
わたしの中での
ファイナルアンサーが決まった。
「許さなくても
いつかみんな死んでしまうので
わざわざ許す必要はないと思います。
死んだらみんな許されてしまうので。」
(「違うこと」をしないこと/吉本ばなな)
そうか。
"許されてしまう"のか。
わたしの意思でなくて
見えざる大きな何かに
委ねてしまうのも
それはそれで
優しいのかもしれない。
中学2年生の夏に
一作目を手にした時から
夢中になって読み漁っていた。
おおらかにオカルト、
今でいうスピリチュアル系で
不思議なことがふつうに起きていて
ちょっと変わっていて個性的で
魅力的で
喪失と痛みを抱えた人たちが
いっぱい出てくる
物語の数々。
複雑な生い立ちや
人間関係や
死すらも
当たり前に描かれる世界観
そんな小説たちでした。
けど、思えば
わたしの人生観や人間観は
案外、吉本ばなな作品を通して
形づくられたんじゃないかと
たまに、そんなことを考えます。
お越しくださり
ありがとうございました。
明日もあなたが笑顔でありますように。
山本 麻莉(マリ)


