夢 | 音楽すること・生きること

音楽すること・生きること

フランスに住んでいます。結婚、出産、国を超えての度重なる引っ越しを経てフランスに在住、長男が小学校5年生の時から仕事を
再開。その1年後にジャズピアノを始めました。
音楽・その他、日々の出来事を綴っています。

人間の耳は、ふつう顔の左右についている。
けれど昨夜の夢の中で、わたしは自分の胸の中央に

「三つ目の耳」を見つけた。
最初は、皮膚の上に浮かぶ曖昧な凹凸のようなものだった。
「耳に似ている」と思った。それは少しずつ輪郭を持ちはじめ、柔らかな曲線を帯び、

本物の耳の形へと近づいていき、そして「耳」になった。

夢の中のわたしは、それを凝視していた。
衝撃だった。

耳は、音を聴くための器官だ。
では胸に生まれた耳は、いったい何を聴こうとしていたのだろう。

 

同じ夢の中で、わたしは見知らぬ土地を一人で歩いていた。
突然、空が崩れるような豪雨になった。

道路はあっという間に濁流に変わり、水は歩道を覆い、街路を飲み込んでいく。
浅い場所もあれば、足を取られそうな深さの場所もある。

けれど水面の下は見えず、どこが安全なのかわからない。

人々は立ちつくしていた。

そのとき、一人の男が無言のまま水の中へ入っていった。
危険を承知で、濁った道を進みはじめたのだ。

人々はただ息をのんで、その後ろ姿を見守っていた。

けれどわたしは、彼のあとを追おうとは思わなかった。
もっと別の道があるのではないか。
遠回りでも、安全に渡れる場所があるのではないか。

そう考えて、立ち止まっていた。

そして目を覚ます前、胸の耳に変化が起こり始めた。
輪郭が薄れ、立体だったものが平らになり、やがて何もなかったように消えていった。

それを見届けたとき、わたしは深く安堵していた。

胸に耳があるなど、あまりにも異様だ。
もし本当にそんな耳が存在したなら、人は何を聴くのだろう。

音だろうか、感情だろうか、それとも、何かがわたしに伝えたいことがあって、

その声を聴くための耳だろうか。

沈黙、微細な感情、場の空気のわずかな揺れ。
そういうものを拾う耳。

 

夢は、ときどき説明ではなく、象徴で語る。
あの胸の耳も、洪水の街も、きっと何かの比喩だったのだろう。

ただ、その意味はまだ、わからない。