結果待ちのあいだに
今日は血液検査に行ってきた。
あの、理由のはっきりしない腹痛と、じわりと続いた膨満感のための検査だ。
受付で「結果はいつわかりますか」と尋ねると、間を置かずに答えが返ってきた。
「わかりません。結果が出たらメールで連絡がいきます。」
――わからない、のか。
心の中で小さくつぶやく。
以前通っていたラボラトワールでは、「◯日に出ますよ」と、検査の終わりに
教えてくれた。あの一言が、どれだけ安心材料になっていたかを知る。
昨日受けた造影剤入りのCTは、一週間後に結果が出るらしい。
血液検査と合わせて、その結果をもって診察を受ける予定だ。
ただ、その「予定」が、思ったより遠い。
ゆっくり進む時間
消化器内科で予約を取ろうとすると、保険診療では8月末になるという。
カレンダーを頭の中でめくりながら、一瞬、現実感が薄れる。
結局、5月21日のプライベート枠を選んだ。
高くつくが、それでも「2週間先」であることに変わりはない。
医療というものは、こんなふうにゆっくり進むのか。
もしこれが進行の速い病気だったら――と、考えないでもない。
けれど同時に、今の自分の体は、そこまで切迫したサインを出しているわけでもない。
痛みはおさまり、夜も眠れている。
ただ、完全に消えきらない違和感だけが、静かに残っている。
手放すという動き
病院の帰り、エマユースというアソシエーションに立ち寄った。
家の中から出てきた、使わなくなったファイルや、息子たちのおもちゃを持って。
必要な人のために、ものを、いったん手放す。
そういう小さな動きが、日常の生活の風通しをよくする。
まだまだ、風通しの良くないところはいっぱいあるが、少しずつでも実践。
空気を入れる
そのあと、在宅勤務をしていた夫と一緒に、車のタイヤに空気を入れに行った。
少し前、シャンティイに出かけたときのことを思い出す。
その日は夫がわたしの車を運転していて、走り出してすぐに言った。
「これ、空気入れたほうがいいよ。警告が出てる」
自分ではまったく気づいていなかった表示だった。
車は黙ってサインを出していて、それを受け取ったのは自分ではなかった。
今日、実際に空気を入れてみると、なんとなく走りが軽くなった気がする。
安心感が、はっきりと増す。
去年乗り換えた車なので、まだ、使い方全てに慣れているわけではなかった。
アプリとわたし
最近、住んでいるアパルトマンの駐車場が、アプリで管理されるようになった。
車を入れるのに、携帯電話が必要になる。
少し前の自分なら、想像もしなかった仕組みだ。
――駐車場に、アプリ。
言葉にしてみると、まだどこか現実味が薄い。
ここしばらく、この件で頭を悩ませていた。
けれど、ChatGPTと会話しながら、手順を一つずつ確認しながら、
なんとかインストールまでたどり着いた。
最後に管理人さんに見せると、「これで大丈夫ですよ」と言われる。
その一言で、ほっとしたしうれしかった。
携帯なしでは暮らせない時代。
それでも進んでいる
検査を受けて、予約を取り、物を手放し、車のケア、アプリを入れる。
どれも些細なことだけれど、小さな適応の積み重ね。
時代は静かに形を変えていく。
その流れに、完全に乗れている自信はないけれど、取り残されてもいない。
いろいろ マイペースで乗り越えていってるよ。