ドラムのアプリを購入 | 音楽すること・生きること

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フランスに住んでいます。結婚、出産、国を超えての度重なる引っ越しを経てフランスに在住、長男が小学校5年生の時から仕事を
再開。その1年後にジャズピアノを始めました。
音楽・その他、日々の出来事を綴っています。

前回のジャズピアノのレッスンでは、耳コピした和音や何やかやを

I loves you Pogy のリードシートに書いて行ったら、いっぱい書きすぎてあって

どこを弾いているかわからないと先生に言われた。

 

まだ、コードの暗記は心もとなかったが、楽譜なしで弾くのは

鉄則なので、ルバートしながら、思い出しつつ弾いていたら、

ペダルが多すぎる、指の仕事だと言うことでペダルををとるように言われた。

ゆっくり弾いていたが、ルバートしていたら、拍から全くずれないように、

ドラムのアプリのバラードを使って

練習するように言われた。

アプリを購入していないので無料のお試し

3バージョンだけしか使えないと答えたら、

バラードは必要だと彼は言った。

わたしがまだアプリをつけていないと言ったからだろう、

メトロノームで練習するようにと先生は付け加えた。

バラードは、ルバートしていいのかと思ったと答えたら、

違うと言うことだった。

拍をずらしてまでのルバートはしないと言うことかと

解釈した。弾く前に分割を思いながら、リズムを変えるんだと言うことだ。

先生のアプリで4分音符42の速さで弾いた。

ドラムのブラシの雨みたいな雑音っぽい音と、

ざっという小さなアクセントがあるだけ。

「?!」

これは何だと思ったのはわたしだけではなかった。

後に、うちで練習している時に音を聴いた

まずは次男が、そして夫が、その次には長男が、

これは・・・?と不思議そうに何の音か尋ねた。

ピアノを弾くこと、具体的には自分のリズムとヴォイシング

コードの進行、そして他のメロディ楽器の音は、注意して聴いていたが

バシストの音、ドラムの音は、聴こえている程度だったことに気がついた。

それにバラードはバンドでも、2年前に一曲しかしていない。

ジャズピアノを始めて6年目にして、バラードは拍通りに弾くと

言うことを知ったのかと、知らなかったことに

思わずむっとしたが、7年目に知らないよりましだと言うことで

納得した。

 

先生が本気でアプリもしくはメトロノームで練習する事を強調しているように

感じたし 実際、先生のアプリにあわせて弾くだけでレッスンが終わった。、

4分音符42というすごいスローテンポなので、規則的な拍感を感じるのが

難しかった。コードがばっちり暗記で来ていて、タイミングを感じるだけという状態で、

集中してその練習ができるとよかったのだが、まだまだそういう状態でもなかった。

 

そんないきさつがあり、アプリを購入。

テンポを変えて練習した。

ゆっくり過ぎると、コードも覚えにくい。

わたしにはある程度のテンポでバスを覚えてから、テンポを

おとした方がうまくいった。

2拍目と4拍目にブラシのざっという音が入り、

2小節目の4拍目には8分音符の3連符が入っているバージョンを

使って

4分音符46の速さで練習していると、以前、何かのコンサートで、

一緒に演奏した、リハーサルと

コンサートにだけきたドラマーの男の子を思い出した。

 

とても感じのいい子で、普段から出会うとわたしによく話しかけてきた。

二人とも、同じ授業をたくさんとっていたこともあった。

ライブのリハーサルで

彼が、ここで、ぼくがこのサインを出したら、こういう風にして、

と言って、コンサート前に取り決めをしたことがあった。

その時のことは今でも強く記憶の中に刻み込まれている。

彼が、合図を出す前に、視線を感じたので彼の方を見ると、

満面の笑顔でわたしを見ていた。目に、力があり、

とても素敵なことをするよと、語っていた。

わたしはその瞬間にとても幸せな気持ちになった。

ほんの数秒の間に起こったことだ。

今でも、彼の、あの表情を鮮明に思い出す。

あのころ、彼は18才くらいだったと思う。今は

ライブハウスで自分のバンドを組み、活躍していると聞いている。

どうしてその子のことが思い出されたかと言うと、

アプリで練習している時に、

彼が正確なテンポをドラムでとりながら、わたしの方を

エネルギ-いっぱいの、そして幸せそうな目で見ながら、

一緒に、演奏しているような、気がふとしたからだった。

 

もう一つのアプリ、real proはあまり活用できていないが、

ドラムのアプリにはお世話になりそうだ。

単なる機械音が、過去のコンサートの記憶につながり、

人と一緒に練習しているような気持ちにつながったから。

 

それにしても、251も手の中に入っていない状態で

あの当時はどんな風に弾いていたのだろう。

幸か不幸か演奏記録はない。