最近、仕事から帰っても、以前のように疲れていない。
反抗期の中学生の生徒達が、天使のように愛らしく見えたりもした。
この頃、仕事の準備をするのが楽しくてしようがない。
今まで、どこかしら、「しなければならない」が「おもしろい」に
ずっと勝っていた。それが、今は逆転している。
落ち着いていられるのは、夫がかみなりを落とさなくなって、
静かになったからだろうか。
きのうは、それでも、ちょっと危なかった。
状況が後戻りするかと思われた。
学校が始まったので、また、長男の宿題が出だしたのだ。
夫が帰ってきて、食事をしたあと、長男のしている
問題に計算間違いがあったのを見つけたらしい。
「何回言っても、計算の見直しをしない。」
と機嫌を損ねた。いつもだったら怒り狂って叫ぶのだが
夫は以前のように超短気でなく、普通の人が むっとしている程度だった。
わたしは言った。「怒鳴らないで。」夫は怒鳴らなかった。
夫は、それでも間違いが許せなかったのだろう、くりかえし、しつこく
「何回言ったらわかるんだ。おまえは もっとできるんだ。」
などと繰り返していっていた。10才の長男を理想化している。
その年頃のわたしは 不注意なことも多々あった。
わたしは言った。「これが 今の この子のレベルやねん。
かいかぶったらあかんよ。計算間違いするレベルやねん。
わたしも十才やったら、時々、間違ってたと思うよ。」
いつもは「本当は この子はできる子なんだ。この不注意さが
許せない!」と言うようなことを むきになって言い返してくるのに、
夫は静かに黙ってきいていた。
間違いなおしをしたあと、それでも11時になったけれど、
はやく長男を解放していた。人には些細なことに見えるかもしれないけれど
夫が「爆発」しなかったので、ほっとした。ただ不気味なのは、夫が
カミナリ・オットーでなくなったこと。ものすごく物腰が柔らかく、
わたしの言うことに耳を傾け、そう、結婚前のように、問題があると
誠心誠意をもって、できるだけはやく解決しようとするようになった。
この人の元来のエネルギーは、こんなものではないんじゃないだろうか。
家庭を壊したくないからと 自分を押し殺してしまっていいのだろうか。
ある日、わたしが電車に乗っていた時に、アジア人の若い子連れの
カップルが乗ってきた。まだ二十代に見えるその夫婦のご主人の方は、
関白亭主のようで、何語かわからないことばだったが、横柄な感じで
しゃべっていた。ふつうにしゃべっていたのが、わたしの耳に とても
雑にきこえただけなのかもしれない。隣町のアジアのお惣菜やさんに
入った時も、そこの おかみさんが怒鳴るような大声で、そういう話し方を
していた。驚いてそちらの方を見ると、にっこりとした庶民的な笑顔が
わたしに向けられた。どこの国の人か知らないが、この国の人は
ざっくばらんに こうやってわたしには けたたましく感じるような話し方を
するのがふつうなのだろうかと、ふと思った。
でも、そのお惣菜やさんの店でお昼ご飯を食べた時に、白いご飯が
におっておいしくなかった上に、お皿の一部がサメの歯状に1センチ
くらい、長さ3センチにわたって欠けているのを見たとき、
「もうこの店には くるまい。」と思った。
におうけれど、捨てるともったいないご飯。欠けているけど
まだ使えるお皿。アジアの国の、物をむだにしない精神からきているの
だろうと思ったが これは わたしの限界を超えている。
お客に食事を出してお金を稼いでいるのだったら、あまり、客が入らなくて
残った日のご飯は、一日置いてにおい始める前に、冷凍にしておけばいい。
炊いたその日に冷凍すれば、翌日、その店で出しているチャーハンとして、
立派に通用する。
国が違うと、「当たり前のこと」が違う。だから 衝突が起こる。