長男が通っている音楽学校は、専門の楽器の時間が週に30分、
ソルフェージュが、1年目から3年目までは1時間、4年目からは
1時間半、7年目からは2時間、9年目からは、2時間半ある。
それより上のクラスのことは知らない。そして、グループで学ぶ科目が
選択できるようになっている。ダンスとか、即興演奏とか、演劇とか、
オーケストラとか。ソロ楽器は孤独な練習になりがちなので、グループ
授業があることでバランスがとれていいシステムだと思う。
その3科目を並行して学ぶ。
フランスに来て、日本ではやったことのなかったものがあった。
音程をつけずに、歌わずに、楽譜を読む読譜練習がそれである。
フランスでは この読譜練習をかなり練習させる。わたしはこちらで
7つの音部記号に出会った。こういう練習をするのを毎日習慣的に
続けていたら、それほどの苦労なしに、オーケストラのスコアが
すらすらと読める生徒がちらほらでてきても不思議ではない
ような気がする。ただ習慣的に続けて練習しているだけで、もちろん
耳がいいことは絶対条件だと思うけれど、立派な指揮者が育ったり
することが可能な土壌があるように思う。
バイオリンの発表会場に行く時に、長男のバイオリンの先生と、話しながら
歩いていた。このお若いのに ものすごく勉強家の、レッスン中は仙人
みたいな深い発言をする先生に、先生はどんな風に音楽の基礎を
学んだのか尋ねてみた。先生もフランスの某音楽学校出身だそうで、
ソルフェージュのクラスで学んだそうだ。先生のソルフェージュの先生は、
はじめの3年間は始めから終わりまで生徒に歌わせてばかりだった
そうだ。それがとても好きだったと言っておられた。4年目の先生は、
音程なしの読譜ばかり授業をしたそうで、長男のバイオリンの先生は
いっぺんにそのソルフェージュの授業が嫌いになったらしい。
もちろん演奏家によってスタイルが全然違うけれど、フランス人の
演奏を聴いたときに、とてもスムーズな感じを受けたことが多い。
さらっとしていると言えばいいだろうか。読譜がかなり鍛えられている
と言うことも原因の一つかもしれない。そうかと思えば、長男の
バイオリンの先生みたいに、さらっとしすぎていない演奏がある。
わたしは音楽が好きというオーラがたちのぼっていて、バイオリンを
とてもいとおしそうに弾く。お話をきいて、先生の演奏につながる
ところがあると思った。
音程なしの読譜の欠点は、フォルテやピアノ、クレッシェンドとか
ディミヌエンドなどのニュアンスの変化や、テンポの変化がなおざりに
なりやすいことか。表現芸術としての音楽を学ぶには十分に注意が
必要だ。人に伝える魂がなくなっては音楽は死んだも同然。一方
歌える音域内ばかりで歌っていては読む機会のない器楽的な
音域の音に親しむことができるのは長所と言える。
長男のソルフェージュの先生が補講クラスを開いてくれた。進むのが
速い子達が自分たちの速度ですすめる。最近、長男は
ソルフェージュの宿題を、やる気満々で一人でするようになった。
一年目、2年目の時は、読譜をまちがっては、涙をうかべていやいや
練習していた記憶がある。この進歩は先生のおかげだ。でも、読譜が
強くなって同時に演奏している時のニュアンスが弱くならないように、
時々、気をつけて、見なければいけないと思う。