[ 時事 ]
中国、韓国との経済事業に関わっている企業人はいまや相当な数になるのでしょう。しかし、彼らは政治・社会の局面などに触れない。会社の利益に貢献しない活動などをやっていられないからだ。第一線で活躍する企業人なら当然の構えだろう。
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しかし、ときどき、名声を得た人物が表に出てきては失敗を繰り返す。器用さだけで歴史に耐えられる哲学を持っていないからだ。抽象的なこと言っても仕方ない。具体的に指摘しましょう。xxx氏。中国大使を終えた後もメディアに出たり本を出版したりして発言しているけれど、なにをいまさらだ。中国大使の時に成果をあげましたか。民主党政権の上げ潮に乗って泳いだだけではなかったのではないですか。
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日経新聞。韓国を称賛するキャンペーンを張ったが失速した。韓国の勃興に幻惑され、哲学・文明史観をもっていなかったから経済でしか国論を論じることができなかったからだ。
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中韓は経済発展の離陸を果たし国民が豊かになった。しかし、日本バッシングは強まった。衣食住足りて礼節を知ることとはゆかなかった。国土を蹂躙され、あるいは国名を失った恨みの強さは相当なものなのだろう。
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彼の国の人々は国賊に対して三千年唾を吐き続ける。日本では国賊も死ねば仏として扱われる。そこは国民性のちがいなのだろう。抗日を政党の綱領にしている国であってみれば反日政策は当分続くと覚悟しなければならないのだろうか。支配された恨みは理解しなければいけないと思うが、韓国大統領から「正しい歴史認識を」などといわれたくないものだ。その言葉はそっくり韓国にお返ししたい。
韓国の方々よ、そろそろ「恨」ではなく、「誇り」を基本として国を立てよ。
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臥薪嘗胆 執念
誇りはどこの国にもあるものだ。スコットランドの独立願望はイングランドの束縛から解放されたい思いが根底にあると思う。
日本だってそうだ。まことしやかなエピソードを紹介しよう。徳川幕府が支配体制を確立した後、毎年1月1日の深夜、側近が殿にお伺いを立てる儀式があったそうです。『殿、立ち上がりますか』『まだだ、待て』。長州藩(毛利家)藩庁での深夜のやりとりは250年間続いたそうです。それがうそかまことかわからない。