赤いバラは赤いという表現・記述には新しい事実は含まれていないといわれる。赤いバラは赤いと
相手に伝えても新しい知見は得られない。ほんとうにそうだろうか。赤いバラは赤いは論理学に収めておくべきことがらではなく宇宙を解き明かすか科学の領域でもある。
矛盾を指摘して相手の論理が破綻していることが指弾される。それはどういうことなのだろうか。
世界は、わしのものはわしのもの、お前のものはお前のものであるのだろう。
わしのものはわしのもの、お前のものもわしのものとなると、最強の専制国家が誕生するのだろう。が、そこに考えの矛盾はない。
わしのものはわしのもの、お前のものはお前のものという前提に立ちながら お前のものをわしによこせとなるから紛争が絶えない。が そこに考えの矛盾はない。
わしのものはわしのもの、お前のものはお前のものという前提に立ちながら お前のものはわしのものと主張することには矛盾がある。
矛盾は難しい事ではない。矛盾の成立している世界では我々の考えはまったく通用しない。矛盾の成立している世界が存在するのだろうか。
いわゆるということばは、英訳するとそうこーるど = so calledに該当し 話し手と聞き手の両者が共通に認知している事項であることをしめしている。
情報の単位はビットであると教わる。1ビットは0か1のどちらかである。量子コンピューターは0か1かわからない状態で計算しているとよく聞かされる。りはっくのユーチューブには高名な科学者が登場して説明してくれるのですがわしゃ一向にわからない^^:
午前12時(正午)は午前にふくまれるのだろうか、それとも午後にふくまれるのであろうか。午前12時は午前と午後の境界を表している。状態を表していて数(かず)ではないので数値に置き換えられるものではないとする見解は正しいだろうか。午前0時と表現することがあるが、その表現は正しいか。午前0時は午前に含まれるのか。
無限と0の性質を考えよう。任意の数aに対して aX0=0である。aがどんなに大きくても任意の数である限り計算結果は0である。それでは 無限大X0 はどうであろうか。答えは0ではない。不定(ふてい)と答えるのが正解である。無限大はある状態を表していて ある巨大な数(かず)ではない。無限大は発散の仕方がいろいろあるので0をかけると答えが定まらないようだ。
キオクシアの株式時価評価額がトヨタを超えたらしい。トヨタの製品に関係している働き手は数百万人にのぼるらしい。その家族を含めれば一千万人にものぼる人々がトヨタ関連で暮らしているのだ。キオクシアはそれを超えたというのだ。
キオクシアは東芝の半導体記憶部品製造部門が分社化独立した経緯を持ち、2,3年まえまでのその株式時価評価額は一兆円未満でした。