日本武道館 Paul McCartney Out There Japan Tour 2015 | 陸 見 の 街 散 歩

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 ポール・マッカートニーの今回の日本公演最終日、日本武道館へ行って来ました。
こちらも詳細は各メディアで報道されているのでそちらにおまかせし、
当ブログではふたたびゆる~い感じでレポートして行きたいと思います。


はじめに、ポール・マッカートニーの日本武道館公演、
ポール本人をはじめ、関係者及びファンがどうしてそこまで武道館にこだわるのか?!


ポールが一番最初に武道館で演奏したのは49年前の1966年、
ビートルズのメンバーだった時にさかのぼります。
(自分にとってはビートルズの存在を知るか知らないかくらいの年頃でした。)


今では武道館はすっかりロックの聖地と化し、
数多くのミュージシャンがそのステージに立っておりますが、
その一番最初がビートルズだったわけです。


その後ポールの武道館公演は、長い間ファンのかなわぬ夢でした。
3度企画されましたが、いずれも中止になりました。


1度目はウイングス時代の1975年11月、
薬物での逮捕歴があるということで日本政府側の許可が下りずキャンセルになりました。
(自分にとってはポールファン元年になった年でした。)


2度目はやはりウイングス時代の1980年1月、
成田空港で大麻所持にて逮捕され、日本武道館公演は中止になりました。
(払い戻しをせず手元に残したその時の実際のチケットがこちらです。)
 

 



それ以降、1990年、1993年、2002年、2013年に来日公演は実現しましたが、
どれもドームクラスの公演で、日本武道館公演は当初から予定されていませんでした。

3度目はまだ記憶に新しい昨年2014年5月、
東京国立競技場に加え日本武道館公演が予定されましたが、
来日するも体調不良で全公演が中止となりました。
 
ポールは「 武道館は僕たちが日本で初めて演奏した舞台、
僕にとってはいつまでも大切な思い出の場所なんだ。」というコメントを出し、
その思いを組んで、今回2015年4月の再来日で、
ついに日本武道館公演が実現する事になりました。

 



某ホテルでポールの出待ちの後、その夜の会場へ向かう途中で見た風景です。
お堀の先に見える建物が日本武道館です。
 

 



武道館へ到着しました。
なんかただならぬ雰囲気です。
本番に向けていつもより増して入念なサウンドチェックが18時頃まで行われ、
開場の開始もだいぶ遅れ、会場の周りには長蛇の列が出来ました。
 

 



こちらが会場の外で引換えた実際のチケットです。
1966年公演時のチケットをモチーフにしているようです。
今回のチケットは10万円(SS席)、8万円(S席)、6万円(A席)、4万円(B席)

でしたが、自分の懐具合と相談し、いつもは全公演観るのを今回は東京ドーム公演2回分を

武道館公演に回し、4万円(B席)のチケットを購入しました。
 

 



4万円のB席、予想していたよりもずっと良い位置でした。
開演前会場内ではウェーブが何回も起きました。
東京ドームと違って両端に大型スクリーンはなく、シンプルな武道館仕様でした。
20時ちょっと前にポールがステージに登場し、会場のボルテージは一気に上がりました。
オープニングはいきなりキャント・バイ・ミー・ラブ、会場はもちろん大盛り上がり。
4曲目はワン・アフター・909、これまたサプライズでした。 
 

 



今夜もペイントされたギブソンレスポールでレット・ミー・ロール・イット。
音の響きが武道館ならではで、タイトでいい感じです。
 

 

 

 



前半のピアノ曲、東京ドームより1曲減って3曲でした。
 

 



ギブソン12弦でアナザー・デー。
 

 



えっ、まさかと思ったらやっぱり、ダンス・トゥナイト。
 

 



斜め後ろまで席は設けられましたが、真後ろには席は設けられませんでした。
 

 



続いてアコスティック曲を3曲。
 

 



「NEW」のタイトル曲ニュー、

曲が終わった後にもう一度サビの部分を演奏し直すシーンがありました。
 

 



アナザー・ガールとゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフを続けて演奏。
アナザー・ガールは、ポール曰く、ライブでは今日が世界初披露との事でした。
 

 


 

 



死ぬのは奴らだでの炎大爆発、火薬の量が多かったのか、
その後しばらく2階席では呼吸するのが苦しかったです。
 

 



マジックピアノでこの日もヘイジュード大合唱。
 

 



ポール本人には内緒の演出で、観客のリストバンド型ライトが場内を光で埋めつくした光景。
これにはポールも大感激で「みんな最高だよ!」と興奮して語った。
 

 



アンコールにステージに戻ったポールは、「ブドウカン」「ブドウカン」と観客とやり取り。
そして演奏し始めた曲は、イエスタデイ。
 

 



アンコール2曲目はバースデイ。
 

 



ショーのエンディング、あの1行を歌っている瞬間のポール。
And In The End The Love You Take Is Equal To The Love You Make.
結局あなたが得る愛はあなたが与える愛に等しい。
 

 



全てのショーを終えてバンド全員で一礼のご挨拶。
 

 



紙吹雪が舞って歴史的フィナーレ。
この時この場所に居れて本当に良かった。
どんだけ感謝しても追いつかないです。
 

 



2日後の4月30日、ポールはホテルから自転車を自ら走らせ、
再び武道館に潜入した事を自身の公式ツイッターで明かにしました。


「ホテルから自転車に乗って、まだ誰もいない武道館に到着。
今晩のライブの準備をしているスタッフがいる会場に潜入。
ただそこに座って昔の思い出に浸れたのは素晴らしかったね!」 


そしてその翌日5月1日、公式フェイスブックにメッセージを掲載し、

次の公演先韓国に向かいました。
「 日本を旅立ちます。美しい国で素晴らしい時を与えてくれた日本のみなさんに、

心から感謝します。また会いましょう。
LOVE  ポール 」