10月30日


今度は求婚者のもう一人アゲラーオスがテーレマコスに向かい「母上に再婚を勧めるように」と言う。それに対してテーレマコスはこう応える。


οὐ μὰ Ζῆν᾽, Ἀγέλαε, καὶ ἄλγεα πατρὸς ἐμοῖο,
ὅς που τῆλ᾽ Ἰθάκης ἢ ἔφθιται ἢ ἀλάληται, (20-339,40)

ゼウスにかけて、アゲラーオスよ、そして我が父の苦難にかけて

イタケーから遠くどこかで死に果てたか流浪しているか分からぬ(その父の苦難にかけて)


母の結婚を私が引き延ばしていることは決してない、ただ、無理強いして母を追い出すことはできぬのだ、と。

 何かに掛けて誓言するとき、ゼウスをはじめ色々なものを持ち出す。冥王や水や大地、また、首や炉辺や臥所などだ。しかしこれらは皆具体的な事物であって、「苦難」の様な抽象概念は他に例がない。そこで思うのだが、ここの「苦難ἄλγεα [algea]」は「アゲラーオスよἈγέλαε [agelâe]」のアナグラム(音の並べ替え)なのではなかろうか。決戦の時は近付いているのだが、テーレマコス(そして詩人)の諧謔は常に息づいている。

そこで求婚者達はアテーネーに心を狂わされる。そして、


οἱ δ᾽ ἤδη γναθμοῖσι γελοίων ἀλλοτρίοισιν, (20-347)

彼らはもはや自分の物ならぬ顎で笑った


「自分の物ならぬ顎γναθμοῖσι ἀλλοτρίοισιν」の詩句も不気味だ。302行目のオデュッセウスの「凄みのある笑みでσαρδάνιον」と相俟ってここらあたり異様な雰囲気が漂っている。


 上記でアナグラムについて触れた。言語学者ソシュールは一時期アナグラム研究に没頭したことがあった。その成果全貌は残念ながらまだ公表されていないが、伝えられるところではホメーロスについても二十数冊ものノートがあるらしい。上記詩行をソシュールがどう見ていたか、いや聴き取っていたか是非知りたいものだ。