10月31日
その求婚者達の有様を見て、予言者テオクリュメノスが言う。
οἰμωγὴ δὲ δέδηε, δεδάκρυνται δὲ παρειαί,
αἵματι δ᾽ ἐρράδαται τοῖχοι καλαί τε μεσόδμαι: (20-353,4)
悲嘆が燃え上がり、頬は涙で濡れている
美しい壁も梁も血飛沫に塗れている
εἰδώλων δὲ πλέον πρόθυρον, πλείη δὲ καὶ αὐλή, (20-355)
亡霊共で戸口は溢れ、前庭も溢れている
ここまでの一連の惨劇の予兆、それが「悲嘆や」「涙」そして「血」、355行目では終に「亡霊」まで登場し、生々しいイメージで語られる。
εἰδώλων δὲ πλέον πρόθυρον, πλείη δὲ καὶ αὐλή
[ eidôlôn de pleon prothyuron, pleiê de kai aulê ]
なるほど [ôn~ on~on、ê~ê] と、亡霊共がさまよい歩いているようだ。
こうして第二十歌は終わる。
今年も後二ヶ月、『オデュッセイアー』も後四歌を残すのみ。
振り返ってみると、前半の第十二歌まではテーレマコスの旅とオデュッセウスの漂流譚だった。後半に入って第十三歌からの四歌はイタケー漂着と豚飼小屋の場面、第十七歌からここまでの四歌はオデュッセウスの館の場面だった。この至近の四歌では求婚者の侮辱が繰り返されると同時に誅殺への予感がいやが上にも高まって来ていた。そして今日のくだりでは、予言者にとってその予感は既に眼前の光景になっていた。後四歌ではそれがいよいよ現実のものとなるはずだ。