8月31日
エウリュマコスのペーネロペイアに対する出任せの言葉の中にはつぎのような詩行がある。
θάρσει: μή τοι ταῦτα μετὰ φρεσὶ σῇσι μελόντων. (16-436)
ご安心あれ、そのようなことはご心配には及びません
これは『イーリアス』に全く同一詩行がある。
θάρσει: μή τοι ταῦτα μετὰ φρεσὶ σῇσι μελόντων. (『イーリアス』18-463)
アキレウスの母テティスが武具制作方を懇願したとき、それに対する技能の神へーパイストスの返答冒頭の詩行だ。
以下、同様にエウリュマコスの出任せの言葉が『イーリアス』のそれと酷似している詩行を取り出し対照させてみる。
ὅς κεν Τηλεμάχῳ σῷ υἱέϊ χεῖρας ἐποίσει
ζώοντός γ᾽ ἐμέθεν καὶ ἐπὶ χθονὶ δερκομένοιο. (16-438,9)
あなたの子息テーレマコスに危害を加えるような輩は(いません)
私が生きており地上で目を見開いている限りは
οὔ τις ἐμεῦ ζῶντος καὶ ἐπὶ χθονὶ δερκομένοιο
σοὶ κοίλῃς παρὰ νηυσί βαρείας χεῖρας ἐποίσει (『イーリアス』1-88,9)
誰もいないだろう、私が生きて地上で目を見開いている限りは
そなたに船端でひどい危害を加えるような(男は)
アキレウスが、アガメムノーンに不都合な託宣を告げることをためらう予言者を励ます言葉だ。
ὧδε γὰρ ἐξερέω, καὶ μὴν τετελεσμένον ἔσται: (16-440)
そう断言します。そして(それは)実現するでしょう
ὧδε γὰρ ἐξερέω, τὸ δὲ καὶ τετελεσμένον ἔσται: (『イーリアス』1-212)
そう断言します。そしてそれは実現するでしょう
アテーネーが怒るアキレウスに対して、いずれその遥かに大きな贖いがくるからといって宥める言葉の中にある。
αἶψά οἱ αἷμα κελαινὸν ἐρωήσει περὶ δουρὶ (16-441)
すぐにもその輩の黒い血が剣によって流されるでしょう
αἶψά τοι αἷμα κελαινὸν ἐρωήσει περὶ δουρί. (『イーリアス』1-303)
すぐにもお前の黒い血が剣によって流されるであろう
アキレウスが怒ってアガメムノーンに向かって発する宣言だ。
『イーリアス』と『オデュッセイアー』の作者が同一人であればもちろんだが、同じ叙事詩圏に属し、同じ口承の伝統に汲んでいたのだから別人であったとしても両詩編共通の詩行があること不思議ではない。しかしこの一節にはそれ以上のものが感じられる。それはこの一節における『イーリアス』の詩句を散りばめることの効果だ。話者エウリュマコスはそれで自らの発言を飾ったつもりであったのだろう。が、実は逆に発言の空疎さ、虚妄性を露呈してしまっている。そしてそれは詩人の計算尽くのことであっただろう。
豚飼はペーネロペイアにテーレマコス帰国を伝え、小屋に戻る。小屋で豚飼とテーレマコス、オデュッセウスが、三人で食事をとる。しかし豚飼はオデュッセウスが本人であることをまだ識らない。
そして第十六歌も例によって三人の就寝の場面で閉じる。
八月も終わり。窓からは出たばかりの月が見える。満月だ。もう秋が近い。