9月1日

震災記念日。昨夜もフィリピン沖で大規模地震があった。現在伝えられるところでは地震と津波の被害はそれほど大きくないようだが。

『三代実録』の貞観大地震のくだりを読み返す。読み下し文と原文を掲げる。

「廿六日癸未。陸奥国の地、大いに震動す。流光、昼の如く隠映す。しばらく、人民叫呼して、伏して起きることあたわず。あるいは屋倒れて圧死し、あるいは地裂けて埋死す。馬牛は驚き走り、あるいは互いに昇踏す。城郭・倉庫、門櫓・墻壁、頽落して顛覆すること、その数を知らず。海口は哮吼し、その聲雷霆に似る。驚濤は涌潮し、泝洄し(さかのぼり)漲長す。たちまちに城下にいたり、海を去ること数十百里、浩々としてその涯を弁ぜす。原野道路、すべて滄溟となり、船に乗るいとまあらず、山に登るも及びがたし。溺死するもの千ばかり、資産苗稼、ほとんどひとつとして遺ることなし。」

「陸奥国地大震動。流光如晝隠映。 頃之。人民叫呼。伏不能起。或屋仆壓死。或地裂埋殪。馬牛駭奔。或相昇踏。 城郭倉庫。門櫓墻壁。頽落顛覆。不知其数。海嘯哮吼。聲似雷霆。驚濤涌潮。泝徊漲長。忽至城下。去海数千百里。浩々不辧其涯俟矣。原野道路。惣為滄溟。 乗船不湟。登山難及。溺死者千許。資産苗稼。殆無孑遺焉。」

漢文の喚起力を感じる。と同時に、何十万年の人類史上にはこのような試練が何回も、何十回、何百回もあったのだろうとあらためて思う。

『オデュッセイアー』も第十七歌に入る。

早朝、テーレマコスは町に向かう。オデュッセウスは町には少し後で行くと言う。

αὐτίκ᾽ ἐπεί κε πυρὸς θερέω ἀλέη τε γένηται. (17-23)

火で暖まって、日差しも出て来たら早速にも(連れて行ってもらいます)


α
ἰνῶς γὰρ τάδε εἵματ᾽ ἔχω κακά: μή με δαμάσσῃ
στίβη ὑπηοίη: ἕκαθεν δέ τε ἄστυ φάτ᾽ εἶναι. (17-24,5)

というのもこんなあまりにひどいボロを纏ってますので、やられてしまわないように

明け方の霜に(やられてしまわないように)、なにしろ町は遠いということですので

στίβηは「霜」とか「寒気」とされている。豚飼小屋で寝ているときの耐えがたい寒さのくだりもあった(7月28日の項)。日中はともかく朝晩はかなり冷えたようだ。この詩編で衣類が重視されているのはこういう背景もあってのことなのだろう。