12月28日
求婚者達の一族郎党は武装してオデュッセウス達のところに押し寄せる。
オデュッセウス達も迎え撃つ。ラーエルテースは一族郎党の首領格エウペイテースを槍で倒す。オデュッセウスとテーレマコスも敵陣に襲いかかる。しかしそこでアテーネーが戦いを止めよと、止めに入る。アテーネーは少し前にゼウスからこう示唆を受けていたのだ。
「お前の好きなようにするのがいい、だがどうするのがよいか言ってやろう。尊いオデュッセウスは求婚者達を誅殺したのだから、固い誓いを結んで彼が統べるのがよかろう。我々は息子や兄弟の死を忘れさせるようにしよう。彼らは前のように睦み合い、大いなる豊かさと平和があらねばならぬ」 (24-481~6)
さて、詩編は次の四行をもって閉じられる。
ὣς φάτ᾽ Ἀθηναίη, ὁ δ᾽ ἐπείθετο, χαῖρε δὲ θυμῷ.
ὅρκια δ᾽ αὖ κατόπισθε μετ᾽ ἀμφοτέροισιν ἔθηκεν (24-545,6)
そのようにアテーネーは言った、彼(オデュッセウス)は心に喜んで従った
その後、お互いに誓いを結ばせた
Παλλὰς Ἀθηναίη, κούρη Διὸς αἰγιόχοιο,
Μέντορι εἰδομένη ἠμὲν δέμας ἠδὲ καὶ αὐδήν. (24-547、8)
山羊楯を揮うゼウスの娘パッラス・アテーネーは
姿も声もメントールそっくりのお姿で
そうだった、物語を重要な局面で導いていたのはアテーネーだった。そしてその背後にはゼウスの意思という要素もある。登場人物と神々と詩人と、それぞれの関係はどうなっているのだろう。
『オデュッセイアー』全二十四巻一万二千余行、今読み終えたところだが、早速又読み返してみたくなる。大晦日までの残された三日間、詩編を振り返ってみよう。
松井秀喜引退。
このニュースを聞いてひとつ思い出した。以前『イーリアス』について、この『オデュッセイアー読書日録』と同様のものを綴ったことがある(それは『イーリアス日記』と題して本にした)。それが八年前、長嶋が脳梗塞で倒れた年だった。私にとっては長嶋は「英雄」の代名詞であったので、その時の衝撃をその日記に記したのだった。
それが今回は松井の引退だ。松井は長嶋とはキャラクターは異なる。しかし現代の「英雄」であったことは間違いない。実績でも、風格でも、人柄でも。松井は引退会見で「長嶋監督と二人で素振りした時間が最大の思い出」といい、長嶋はその会見をうけて「(これまでは飛躍を妨げないようあえて称賛することを控えてきたが)現代で最高のホームランバッターだった」と称えている。最高の師弟関係だったのだろう。
松井はまだ若い。これから指導者としてどんな活躍をするか、楽しみだ。