アテーネー扮するところの客人にテーレマコスは答えます。
ξεῖν᾽, ἐπεὶ ἂρ δὴ ταῦτά μ᾽ ἀνείρεαι ἠδὲ μεταλλᾷς,
μέλλεν μέν ποτε οἶκος ὅδ᾽ ἀφνειὸς καὶ ἀμύμων
ἔμμεναι, ὄφρ᾽ ἔτι κεῖνος ἀνὴρ ἐπιδήμιος ἦεν: (1-231~3)
お客様、それをあなたはお訊きになり尋ねられるので(申しますが)
かつてこの館は裕福で立派なものだったようです
あの人がこの地にいたときにはです
231行目のἐπεὶは既にあった
τοῦ μ᾽ ἔκ φασι γενέσθαι, ἐπεὶ σύ με τοῦτ᾽ ἐρεείνεις. (1-215~20)
そういう男の子であると人は言っています、私にあなたがそれをお尋ねですから(申すのですが)
のἐπεὶの節と同様、「申します」の意の帰結文を省略しています。
232行目行頭の μέλλεν について Stanford は
the basic meaning of this word seems to have been likelihood ・・・ So here = 'was likely to be', i.e. 'presumably was' と註を付しています。
しかし、と言ってテーレマコスは続けます。
νῦν δ᾽ ἑτέρως ἐβόλοντο θεοὶ κακὰ μητιόωντες,
οἳ κεῖνον μὲν ἄιστον ἐποίησαν περὶ πάντων
ἀνθρώπων, ἐπεὶ οὔ κε θανόντι περ ὧδ᾽ ἀκαχοίμην, (1-234~6)
いまや神々は禍をはかり別様に望まれました
神々は他の人達にもましてあの人を行方知らずになされました
と言いますのも死んだとしてもこれほど嘆きはしないでしょうから
234行目後半で θεοὶ κακὰ μητιόωντες と、神々への不満を漏らしています。神々には面前のアテーネーも入っているでしょうから皮肉な場面です。