「その時、他の険しい破滅を逃れた限りの者達は皆家にいた、戦いと海を逃れて(1-11,12)」を受け、しかるにオデュッセウスだけは帰還できずにいた、帰還の時が迫っているが、それの最大の妨げようとしているのはポセイダーオーン神だった、そして、そのポセイダーオーンは今他の神々から離れてエチオピアに赴いている・・・と語られます。
ἀλλ᾽ ὁ μὲν Αἰθίοπας μετεκίαθε τηλόθ᾽ ἐόντας,
Αἰθίοπας τοὶ διχθὰ δεδαίαται, ἔσχατοι ἀνδρῶν,
οἱ μὲν δυσομένου Ὑπερίονος οἱ δ᾽ ἀνιόντος,
ἀντιόων ταύρων τε καὶ ἀρνειῶν ἑκατόμβης.
ἔνθ᾽ ὅ γ᾽ ἐτέρπετο δαιτὶ παρήμενος: οἱ δὲ δὴ ἄλλοι
Ζηνὸς ἐνὶ μεγάροισιν Ὀλυμπίου ἁθρόοι ἦσαν. (1-22~7)
しかし彼の神は遠くに住むエチオピア人達のところに赴いていた
エチオピア人達、人間世界の辺境にある彼らは二手に分かれていた
太陽の沈むところの者達と、昇るところの者達である
牛と羊の贄を享けるべく(赴いていた)。
そこで彼の神は宴に座して楽しんでいた。その他の神々は
オリュンポスなるゼウスの館に集まっていた。
22行目と次行に Αἰθίοπας、Αἰθίοπας と繰り返されています。ピエロンは、これは『オデュッセイアー』における唯一の epanalepsis の例である、と註記しています。 epanalepsis は「隔語句反復」とも訳され、反復された語を強調する修辞です。
ここでエチオピアが出てきますが、『イーリアス』でも第一歌で神々がエチオピアでの宴席に出かける話が出てきていました。両詩篇の照応がこんなところにも窺えます。
松平はこの箇所で Αἰθίοψ についてこのような註をつけています。「語義は『顔が陽に焼けた』という風に考えられるので、本来黒人の一般名称であったかも知れない。東西の二分族に分かれているというのは、西はアフリカ、東はインドを指すと考える人もある」と。そうだとすると、Αἰθίοψ の語からはホメーロス世界の広がりが垣間見える感がします。