12月27日


さて最終歌も終わりに近づいた。最後の百行ほどで物語は一挙の展開を見せ終息に向かう。

まず求婚者の一族郎党集結の様が叙される。そこでの(殺された求婚者の父親)エウペイテースによるオデュッセウス糾弾演説の中に次の一節がある。


τοὺς μὲν σὺν νήεσσιν ἄγων πολέας τε καὶ ἐσθλοὺς
ὤλεσε μὲν νῆας γλαφυράς, ἀπὸ δ᾽ ὤλεσε λαούς: (24-427、8)

沢山の優秀な者達を船と共に引き連れていって

うつろな船を失い、部下達も失ってしまった


トロイア戦役に参戦し帰還がならなかった若者達のことを取り上げている。これは一人帰還したオデュッセウスにとっては負い目であったはずだ。部下達が遭難した原因は部下自身の過ちによるものであったとはいえ、指揮官としての責任は免れ得ないだろう。

この後の詩編の展開を見ると、その責任を問う声が広まった形跡はない。その場に集まっていたのは求婚者達の一族郎党だけだったのだろうか。もし帰還がならなかった若者達の一族郎党が求婚者達のそれの動きに呼応したら、どうなっていただろうか。一つの『オデュッセイアー異聞』が出来そうだ。


年末は閑人にも何くれと仕事がある。年賀状書きもその一つだ。

 『オデュッセイアー』今や大詰め賀状書く  拙作