12月23日


オデュッセウスは畑に父親ラーエルテースの姿を見いだす。

「一人でいる父を見つけた、よく造られた耕地で樹を掘っているところを。つぎはぎだらけの汚れた服を着、脛には掻き傷を防ぐ牛皮の脛当てをつけ、手には茨よけの手袋をはめ、上には頭に山羊皮の帽子を被っていて、哀れを増している」(24-226~31)

一国の領主の父親がこのように田舎に引っ込み、耕作に従事している。


少し先では、その姿はこうも描写される。


ἦ τοι ὁ μὲν κατέχων κεφαλὴν φυτὸν ἀμφελάχαινε: (24-242)

彼は頭を下げて樹の根元を掘り起こしていた


「頭を下げてκατέχων κεφαλὴν」など、まじめな働きぶりが目に浮かぶ。オデュッセウスに似ず、真っ直ぐで寡黙な男であったようだ。いや逆だ、オデュッセウスの方が父親に似ていなかったと言うべきだった。オデュッセウスの実の父はシーシュポスであったとの伝説があるのも故なしとしない。


『ドンキホーテ』を読んでみようかという気になって、久方ぶりに開いてみて驚いた。出だしからして記憶にある文章と違うのだ。「それほど昔のことではない。その名は思い出せないが、ラ・マンチャ地方のある村に・・・」となっている。今回開いたのは岩波の牛島信明訳だ。かつて読んだのは会田由訳だった。もっとも会田訳は読んだといっても最初の二、三十頁くらいだけだったが。会田訳では「名は思い出したくないが」となっていて、その「思い出したくない」というのが印象に残っていた。どうして変わったのか。

牛島の註によると、従来「思い出したくない」と訳されてきた原文no quiero acordarmeは「単に no me acuerdo(思い出せない)を意味する」という。だが、quiero<quererは「欲する、したい」という語義なので会田訳の方が原文に忠実に見えるし、「思い出したくない」という作者の肉声も捨てがたいところだ。そうはいっても、私のスペイン語は入門レベルなので当否の判断はつかない。どなたか当時のスペイン語に明るい人に、機会をみてもう少し詳しい説明を聞いてみたいものだ。