12月19日
そこでアキレウスとアガメムノーン交わした言葉は「名誉」に関わるものだった。
アキレウスは言う。
ὡς ὄφελες τιμῆς ἀπονήμενος, ἧς περ ἄνασσες,
δήμῳ ἔνι Τρώων θάνατον καὶ πότμον ἐπισπεῖν: (24-30,1)
そなたは、君主としての名誉を享受しつつ
トロイアの地で死を迎えるべきであった
τῷ κέν τοι τύμβον μὲν ἐποίησαν Παναχαιοί,
ἠδέ κε καὶ σῷ παιδὶ μέγα κλέος ἤρα᾽ ὀπίσσω: (24-32,3)
そうすればアカイア人達は墳墓を築いたであろうし
そしてそなたは子供のために後々大きな名声を勝ち得たであろうに
一方アガメムノーンは言う。
ὣς σὺ μὲν οὐδὲ θανὼν ὄνομ᾽ ὤλεσας, ἀλλά τοι αἰεὶ
πάντας ἐπ᾽ ἀνθρώπους κλέος ἔσσεται ἐσθλόν, Ἀχιλλεῦ, (24-93,4)
そのようにしてそなたは死しても名を失うことはなかった、いつまでも
立派な名声がすべての人間に残るだろう、アキレウスよ
αὐτὰρ ἐμοὶ τί τόδ᾽ ἦδος, ἐπεὶ πόλεμον τολύπευσα; (24-95)
他方拙者には、戦いをやり遂げながら何の喜びがあっただろうか
τιμῆς(名誉)、κλέος(名声)、ὄνομα(名)、それらが死と対置されている。ホメーロス世界の勇士達は亡霊になっても、又冥界にあっても、「名」が最大の関心事であったようだ。
上の様に記したのだが、果たしてオデュッセウスはどうだったのだろう。「名」にそれほどの価値を置いていただろうか。『オデュッセイアー』を読む限りそうは思えない。別のところにより高い価値を見いだしていたように思える。家族とか秩序とか安定とか。先にオデュッセウスが自らの死を語る次の様な一節があった(12月15日の項)。
ἀβληχρὸς μάλα τοῖος ἐλεύσεται, ὅς κέ με πέφνῃ
γήρας ὕπο λιπαρῷ ἀρημένον: ・・・ (23-282,3)
このうえない穏やかな(死が)訪れるであろう、その死は私の命を奪うだろう
安楽な老いに弱った(私の命を)・・・
これは『イーリアス』のアキレウスの運命と好対照だ。すなわち、アキレウスには二つの道があり、「このまま留まってトロイアの町を巡り戦い続けるならば、帰還は失われる代わりに不滅の名声があるだろう。しかし愛する故郷に帰るならば立派な名声は失われる代わりに寿命は長いであろう」(9-412~6)と知らされていた。そして最終的にアキレウスは前者の道を選んだのだった。
『イーリアス』は戦争文学であり『オデュッセイアー』は戦後文学だ。