12月18日


冥界にはアキレウスやアガメムノーン達の亡霊がいる。アキレウスの亡霊はアガメムノーンの亡霊に語りかける。


Ἀτρεΐδη, περὶ μέν σ᾽ ἔφαμεν Διὶ τερπικεραύνῳ
ἀνδρῶν ἡρώων φίλον ἔμμεναι ἤματα πάντα, (24-24,5)

アトレウスの子よ、そなたは雷放つゼウスに

勇者達の中で常に最も愛されていると思っていた


οὕνεκα πολλοῖσίν τε καὶ ἰφθίμοισιν ἄνασσες (24-26)

多くの勇敢な者達を統べていたのだから


一方、それに対しアガメムノーンの亡霊は冒頭こう呼びかける。


ὄλβιε Πηλέος υἱέ, θεοῖς ἐπιείκελ᾽ Ἀχιλλεῦ, (24-36)

幸運なぺーレウスの子、神にもまごうアキレウスよ


両雄、敬意をこめた挨拶の交換だ。『イーリアス』で描かれた両者間の激しい対立、憎悪はどこへ行ったのか。全く消え去っている。この変化の原因はどこにあるか。

確かに『イーリアス』でも、パトロクロスの死をきっかけとして第十九歌では一応の和解はなっていた。だがそれはまだぎこちないものだった。上記の様な親密な挨拶の交換はなかった。その後のアキレウスの死までの間に完全な和解にまで至ったということだろうか。

あるいは、現世と冥界、生身と亡霊では怒りや親しみなど心のありようが変化するということなのだろうか。

あるいはまた、『イーリアス』と『オデュッセイアー』との違い、すなわち両詩編の作者の違い、そうでないにしても両詩編の世界観の違いなのだろうか。


 『イーリアス』と『オデュッセイアー』と両方に登場する人物の両詩編間における人物像の相違、変化、これも興味深いところだ。

 亡霊と化したアキレウスとアガメムノーンの変化については上で見た。ヘレネーの大きな変化については先に触れた(2月16日、8月4日の項)。メネラーオスには世情に通じた人物としての新しい側面があった(8月2日の項)。ネストール像にもさすがに老いの進行に伴うと思われる変化があった(8月6日の項)。

 さてオデュッセウス自身はどうか。忍耐強く策略に長け、才知に富み弁論に秀でている、そして勿論力も強いといったオデュッセウス像、これは両詩編を通じ一貫している様だ。オデュッセウスが一番変化していないのかも知れない。