12月15日
オデュッセウスは待ち受ける試練について語る。それは、冥界で予言者テイレシアースから授かった託宣にあった(6月4日の項)。その第九歌121以下で述べられていた内容をオデュッセウスは人称のみ変えてほぼそのまま繰り返す。
求婚者征伐が終わったら「海を知らぬ」民の土地に行かねばならぬ、その民を見分ける鍵は次の通りだ。
ὁππότε κεν δή μοι ξυμβλήμενος ἄλλος ὁδίτης
φήῃ ἀθηρηλοιγὸν ἔχειν ἀνὰ φαιδίμῳ ὤμῳ, (23-274,5)
誰か道行く人が私に出会って
(私が櫂ならぬ)箕(ἀθηρηλοιγὸν)を逞しい肩に担いでいると言うなら
そこに櫂を突き立てポセイダーオーン神に贄を捧げねばならぬ。そして、家に帰って他の神々にも贄を捧げねばならぬ。
そして更に、死についても予言されたのだった。
πᾶσι μάλ᾽ ἑξείης: θάνατος δέ μοι ἐξ ἁλὸς αὐτῷ (23-281)
すべての(神々に)順に(贄を捧げるべし)、そして私に海から離れた死が
ἀβληχρὸς μάλα τοῖος ἐλεύσεται, ὅς κέ με πέφνῃ
γήρας ὕπο λιπαρῷ ἀρημένον: ・・・ (23-282,3)
このうえない穏やかな(死が)訪れるであろう、その死は私の命を奪うだろう
安楽な老いに弱った(私の命を)・・・
「海から離れたἐξ ἁλὸς」死。先にオデュッセウスを大地に喩えた比喩の箇所で「この比喩はオデュッセウスの海にまつわるの受難の完全な克服を告げているものではないか」と記した(12月12日の項)。その時点で「完全な克服」は言い過ぎだったかも知れない。神々への勤めが残っていた。「海を知らぬ」民の土地に行ってポセイダーオーン神に、次いで家に帰って全ての神々に贄を捧げ、そして初めて「海から離れたἐξ ἁλὸς」「穏やかなἀβληχρὸς」死が約束されるのだろう。
改めてこの謎めいた託宣の意味を考えて見る。
この託宣の核には『オデュッセイアー』と「海」との関わりがある。前にも触れたように、オデュッセウスはトロイア戦役に「海」を渡って参戦し十年戦い、その後も更に十年間「海」上を方々漂流し辛酸を嘗めたのだった。漂流が十年の長きに及んだのも「海」神ポセイダーオーンの怒りの故だ。ペーネロペイアの悲嘆も「海」の彼方の夫を待ちあぐねてのことだった。
『オデュッセイアー』は海の色に染まっている。かつてホメーロスの詩編を吟唱した伶人は、『イーリアス』を吟ずる時は赤マントを『オデュッセイアー』を吟ずる時は青マントを羽織っていたとの伝説がある。前者は火や血の色であるし、後者は海と無縁ではあるまい。
「海を知らぬ」民の土地、「海から離れた」死といった託宣の言葉には、漂流、難破はもとより、津波、洪水といった人間が海から太古以来蒙って来た災禍の記憶が潜んでいる様に思える。