12月11日

 オデュッセウスの寝台は動かせないはずだとの断言を聞いてペーネロペイアはついに「認知」する。

ὣς φάτο, τῆς δ᾽ αὐτοῦ λύτο γούνατα καὶ φίλον ἦτορ,
σήματ
᾽ ἀναγνούσῃ τά οἱ ἔμπεδα πέφραδ᾽ Ὀδυσσεύς: (23-206,7)

そのように彼が言った。するとそこで膝も彼女の心も崩れた

印を認めて、オデュッセウスが断言した印を

δακρύσασα δ᾽ ἔπειτ᾽ ἰθὺς δράμεν, ἀμφὶ δὲ χεῖρας
δειρ
ῇ βάλλ᾽ Ὀδυσῆϊ, κάρη δ᾽ ἔκυσ᾽ ἠδὲ προσηύδα: (23-208,9)

泣きながら真直ぐに駆け寄り、両手を

オデュッセウスの首の周りに投げかけ、顔に接吻し言った

「膝も彼女の心も崩れたλύτο γούνατα καὶ φίλον ἦτορ」。心のまさしく崩れる様が目に見えるようだ。

そしてペーネロペイアの最初の言葉は

μή μοι, Ὀδυσσεῦ, σκύζευ ・・・(23-210)

どうか、オデュッセウス、怒らないで ・・・

これも万感がこもっている。

露伴の『音幻論は』更にこんなことも言っている。

 「元来、気息をいふ古邦語がイで、それは尖状に外へ衝くといふやうな気味のある音の質から自ずからさうなったものであらうが、例えばイブキは気噴(イブキ)であり鼾(イビキ)は気響(イヒビキ)の約、言フは気経(イフ)である。生キは人の気を存するので、気絶ゆれば生絶ゆるのであり、命はすなわち気(イ)の内なのであるから、気息はイキといふやうにもなってゐる」

面白い。