12月8日
オデュッセウスは襤褸を脱ぎ湯浴みし、美しい姿となってペーネロペイアに対する。そして未だ気を許さないペーネロペイアに「変な人だδαιμονίη(23-166)」といって詰る。
ペーネロペイアはそれに応えて言う。
δαιμόνι᾽, οὔτ᾽ ἄρ τι μεγαλίζομαι οὔτ᾽ ἀθερίζω
οὔτε λίην ἄγαμαι, μάλα δ᾽ εὖ οἶδ᾽ οἷος ἔησθα (23-174,5)
変な人ですこと、私は偉ぶっているのではありません、(あなたを)見下しても
ことさら仰ぎ見てもいません。よく覚えていますもの、あなたがどのようであったか
ἐξ Ἰθάκης ἐπὶ νηὸς ἰὼν δολιχηρέτμοιο. (23-176)
櫂長き船に乗ってイタケーから出立なさったとき
174行目行頭の「変な人ですことδαιμόνι᾽」は、勿論166行目の「変な人だδαιμονίη」への切り返しだ。
175行目のἔησθα(あなたが~であった)は興味深い。ἔησθαは二人称だが、「印σῆμα」による試しを経ていない現段階においては理屈上三人称であるべきだ。ピエロンはこの二人称について「感情の叫びのようなものだ」と註している。成る程。ペーネロペイアの心では思慮+意思と感情との葛藤が極限に達している。
δαιμονίηとδαιμόνι(ε)の応酬には思わず苦笑した。今日の一節は勿論夫婦喧嘩の場面ではないが、ホメーロス世界の夫婦喧嘩の一端を垣間見る感がある。「変な女だ」、「あんたこそ変な人じゃない」、更には「バカ」、「あんたこそバカよ」。万古不易というべきか。