12月6日
オデュッセウスは、ペーネロペイアの「印σῆμα」による試しの予告に安心したのだろう(というのはオデュッセウスは当然そのような試しには対応できる絶対の自信があるからだが)、今度はテーレマコスに向かってもう一つ別の問題への対処方を考えるよう促す。
ἡμεῖς δὲ φραζώμεθ᾽ ὅπως ὄχ᾽ ἄριστα γένηται.
καὶ γάρ τίς θ᾽ ἕνα φῶτα κατακτείνας ἐνὶ δήμῳ, (23-117,8)
我々は考えよう、どうしたら一番いいかを。
何故なら、国で誰か一人を殺した場合にでさえ
ᾧ μὴ πολλοὶ ἔωσιν ἀοσσητῆρες ὀπίσσω,
φεύγει πηούς τε προλιπὼν καὶ πατρίδα γαῖαν: (23-119,20)
その一人の背後に味方が沢山いるわけでなくとも
殺し手は家族や故郷を捨て逃げる
ἡμεῖς δ᾽ ἕρμα πόληος ἀπέκταμεν, οἳ μέγ᾽ ἄριστοι
κούρων εἰν Ἰθάκῃ: τὰ δέ σε φράζεσθαι ἄνωγα. (23-121,2)
我々は国の柱ともいうべき者達を殺したのだ、特に優れた
イタケーの若者達を、そのことをお前は考えねばならぬ
そうだ、これまでは館の中のドラマであったが、館の外には求婚者達の家族や仲間がイタケー中に控えている。殺された者の側が復讐に逸るであろうことは目に見えている。実際ホメーロスの詩編では人を殺めた結果国を捨てた例が沢山ある。パトロクロスもそうだった。殺された者の側の復讐、それにどう対処するか。極めて政治的、軍事的テーマだ。
堀田善衛のスペイン滞在日記に続けて、『スペイン断章』を読みはじめた。各地を見てまわる。その視線は気取りがなく自然だ。そして、町や建物や遺跡に歴史の刻印をみいだす。いや、著者は「歴史の刻印」ではなく、「それこそが歴史だ」とさえいっているようだ。支配と抵抗、征服と迫害、スペインは堀田の目にはその栄枯盛衰、血塗られた歴史が剥き出しになった土地だ。