12月3日


昨日、アーチェリー女子選手の腕前を見て、弓競技についてあながち大袈裟な作り話ではないのではないかと思い返した、と記した。理由を少し補足するとこうなる。

1.的の難易度については、方や竹輪一本の穴、方や斧十二丁の束の穴。しかし、竹輪の穴は1センチに対し斧の穴は数センチ。二要素勘案すれば大差なし。

2.力については、方や(改良された)アーチェリー、方や(強弓とはいえ)古典的弓。しかし前者は女、後者は男。二要素勘案すれば相殺。

3.技倆レベルについてだが、オデュッセウスはアカイア勢屈指の弓使いであるとする本人のこんな言葉があった。

οἶος δή με Φιλοκτήτης ἀπεκαίνυτο τόξῳ
δήμ
ῳ ἔνι Τρώων, ὅτε τοξαζοίμεθ᾽ Ἀχαιοί. (8-219,20)

一人ピロクテーテースだけが弓において私にまさっていた

トロイアの地でアカイア勢が弓を使ったときに

従ってオデュッセウスは、オリンピックメダルを争い得る水準にあったと思われる。

以上総合して、「女子メダリストのアーチェリーによる竹輪の穴一つの射貫き」が可能であれば、「オデュッセウスの弓による斧十二丁の穴射貫き」も不可能ではない、と言える様に思えてきたのだ。どうだろうか。


乳母の「私たちは奥にいて音だけを聞いた、広間に戻ったときには誅殺は終わっていた」の応えに対し、ペーネロペイアはこう言う。


ἀλλ᾽ οὐκ ἔσθ᾽ ὅδε μῦθος ἐτήτυμος, ὡς ἀγορεύεις,
ἀλλά τις ἀθανάτων κτεῖνε μνηστῆρας ἀγαυούς, (23-62,3)

あなたが話すその言葉は真実ではないのです

そうではなくて神々のどなたかが高慢な求婚者達を殺されたのです


老乳母の殺害の現場を見ていないとの言葉を聞いて、再び懐疑にとらわれたのだろう。


ἀλλ᾽ ἔμπης ἴομεν μετὰ παῖδ᾽ ἐμόν, ὄφρα ἴδωμαι
ἄνδρας μνηστῆρας τεθνηότας, ἠδ᾽ ὃς ἔπεφνεν. (23-83,4)

でもともかく息子のところに行きましょう、見るために

死んだ求婚者達と、そして殺した者とを


ペーネロペイアはいまだ半信半疑だ。84行目の「殺した者を ὃς ἔπεφνεν」というよそよそしい言い方にはそのニュアンスがある。

果たして、このペーネロペイアの懐疑がどう解けるか、それが詩編の次の焦点になるはずだ。