11月27日<br />
求婚者達は皆殺しにされ、床に横たわる。その様はこう描かれる。
・・・ ὥστ᾽ ἰχθύας, οὕς θ᾽ ἁλιῆες
κοῖλον ἐς αἰγιαλὸν πολιῆς ἔκτοσθε θαλάσσης (12-384,5)
・・・ あたかも魚達の如くに、その魚達は漁師によって
入り江なす岸に灰色の海から
δικτύῳ ἐξέρυσαν πολυωπῷ: οἱ δέ τε πάντες
κύμαθ᾽ ἁλὸς ποθέοντες ἐπὶ ψαμάθοισι κέχυνται: (12-386,7)
目の多き網で引き上げられる、魚達は皆
海の波を恋いながら砂浜に散らばっている
τῶν μέν τ᾽ Ἠέλιος φαέθων ἐξείλετο θυμόν: (12-388)
そしてそれらの命を輝く太陽が奪うのである
大量殺戮の現場が浜辺の比喩で歌われている。まだピクピク動いている死体もあったののだろう。「海の波を恋いながらκύμαθ᾽ ἁλὸς ποθέοντες 」も死にきれない者の感じが出ている。
とんでもない勘違いということがある。
昨日、ヴェルレーヌの「秋の歌」をフランス語初心者の人と読んでいて、Blessent mon coeur/D'une langueur/Monotoneを「単調なモノウサが私の心を傷つける」と訳したら、怪訝な顔をする。何度か言い直してようやく原因が分かった。「モノウサ(物憂さ)」を「モノグサ(懶)」と聴いていたのだった。それで大笑い。怪訝な顔をするのも無理はない。私の滑舌に問題があったようだ。