11月26日


 昨日の一節で、命乞いした伶人は殺されずに済む。それはテーレマコスのオデュッセウスへの一言があったからだった。


ἴσχεο μηδέ τι τοῦτον ἀναίτιον οὔταε χαλκῷ: (22-356)

お止めください、咎なき彼を青銅で討たないでください


これは伶人を詩人ホメーロスが仲間意識から特別扱いしているのだろうか。男達の中で命を救われるのは、この伶人ペーミオスとすぐ後に出てくる伝令メドーンの二人だけだ。確かに、これまでの伶人の姿には詩人ホメーロス自身の投影が窺えるところがあった。しかしここでは、結果として例外的扱いとなっているが、詩人が伶人を身内可愛さから贔屓したというわけではないようだ。というのも命乞いする伶人の振る舞いは、哀れを呼ぶものでこそあれ、決して潔いものとしては描かれていないからだ。

ここで興味深いのは伶人に対するテーレマコスの姿勢だ。この場面でテーレマコスは伶人の命を救うのだが、前にも伶人に対し理解ある言葉を漏らしていた。

それはペーネロペイアが、伶人によるトロイア帰還の苦難の歌を聞き、もっと別の楽しい歌に変えてくれと求めた時の、それに対する彼の応えの中にある。

μῆτερ ἐμή, τί τ᾽ ἄρα φθονέεις ἐρίηρον ἀοιδὸν

τέρπειν ὅππῃ οἱ νόος ὄρνυται; οὔ νύ τ᾽ ἀοιδοὶ (1-346,7)
母上、何故忠実な伶人に文句をつけるのですか

心の赴くまま人を楽しませるのを。伶人たちに

αἴτιοι, ἀλλά ποθι Ζεὺς αἴτιος, ὅς τε δίδωσιν
ἀνδράσιν ἀλφηστῇσιν, ὅπως ἐθέλῃσιν, ἑκάστῳ.  (1-348,9)

咎あるのではなく、ゼウスにこそ(咎が)あるのです。ゼウスは

あくせく働く人間共それぞれを思いのまま扱われるのです

ホメーロスはテーレマコスの人物像の中に、詩人の身近にいた詩歌への理解者の像をかぶせていたのだろう。


今日は冷たい時雨の一日だ。この冬は寒いとの長期予報もあった。