11月14日

 

老人は弓を引き、見事斧の穴を射貫く。

そして、第二十一歌は次の詩行で結ばれている。


ἦ καὶ ἐπ᾽ ὀφρύσι νεῦσεν: ὁ δ᾽ ἀμφέθετο ξίφος ὀξὺ
Τηλέμαχος, φίλος υ
ἱὸς Ὀδυσσῆος θείοιο, (21-431,2)

(オデュッセウスは)眉で頷いた、すると鋭い剣を帯びたのは

尊いオデュッセウスの愛息子テーレマコス

ἀμφὶ δὲ χεῖρα φίλην βάλεν ἔγχεϊ, ἄγχι δ᾽ ἄρ᾽ αὐτοῦ
π
ὰρ θρόνον ἑστήκει κεκορυθμένος αἴθοπι χαλκῷ. (21-433,4)

そして彼は槍を我が手に執り、彼(オデュッセウス)の傍

台座の脇に立った、輝く青銅で身を鎧って



432行目は何の変哲もない定型句なのだが、待ちに待った親子そろい踏みのこの場面では格別の響きがある。

いよいよ戦機は熟した、まさしく今誅殺劇が始まらんとしている。



紅葉にも遅速がある。桜は紅葉を過ぎて散りかけている。柿の葉は今が盛り(紅葉が盛りとは自家撞着の気味があるが)、今日歩いた銀杏並木はまだようやく黄ばみ始めたところだ。