11月9日
そこでオデュッセウスが弓を引かせてくれと申し出る。それに対して求婚者首領格のアンティノオスは「怪しからん、定めし酒に酔ったためのたわごとだろう、かつてケンタウロスも酒に狂わされて酷い目に遭ったと伝えられている、お前もそれと同様なことになるぞ」と言う。
その一節には「狂気ἄτη」とう単語、およびその関連語が沢山出てくる。例えば次の詩行だ。
・・・ ὁ δὲ φρεσὶν ᾗσιν ἀασθεὶς
ἤϊεν ἣν ἄτην ὀχέων ἀεσίφρονι θυμῷ. (21-301,2)
彼(ケンタウロス)は心狂って
狂った心に狂気の報いを運んで行った
301行目の「(心)狂ってἀασθεὶς」は動詞ἀάω「狂わせる」の受動分詞形で、「狂気ἄτη」の関連語だ。
302行目の、「狂気の報い」と訳したἄτηνはἄτηの対格形。ἄτηの語義には「狂気、狂気の行為、狂気の報い」の三つがある。まず「狂気」があり、それに伴う「狂気の行為」があり、その結果としての「狂気の報い」の三段階があるのだろう。そしてその三段階すべてをἄτηの語が包含しているわけだ。この「狂気の報いを運ぶ」の表現も面白い。報いの重さが感じられる。
同じく302行目の「狂った(心)に」と訳したἀεσίφρονιもἀάω+φρήν(心)であり、ἀάωそしてἄτηの関連語だ。
『イーリアス』でアガメムノーンはアキレウスに対する自らの過ちをἄτηのせいにした。ἄτηはホメーロス世界で一つのキーワードであるようだ。
斧のことをあれこれ考えていて「蟷螂の斧」という故事成語に思い至った。カマキリが前脚をあげて大きな車に向かってきたという故事で、『文選』にあり、自分の力量を顧みない無謀な振る舞いを意味する。
このカマキリの脚、中国では「斧」だが、日本ではカマキリだから「鎌」だ。
ところで古代ギリシア語でカマキリはμάντις(予言者)だ。オデュッセウスが冥界に託宣を求めて会いに行ったテイレシアースもμάντιςだった。何故カマキリが予言者か、それは「祈りを捧げる姿」ということだ。まるでホメーロスの詩編に出て来そうな比喩ではないか。
枯蟷螂サンチョパンサはどこにいる 拙作