11月7日


一昨日来「何故斧なのか」が気になっているのだが、『イーリアス』の弓の部をあらためて読み返していて一つ気づいたことがある。その競技の賞品としてアキレウスが示したのは斧だった。一等賞が両刃の斧十丁、二等賞が片刃の斧十丁。このことは『オデュッセイアー』の弓競技で射貫くのが斧である背景について何か示唆するところだあるのだろうか。あるいは弓の業と斧の間には何らか繋がりがあるのだろうか。ホメーロスの世界にはまだまだ未解明の背景がいろいろありそうだ。これも今後の宿題としよう。


折から豚飼と牛飼は外に出る。それを老人が追う。二人の主人オデュッセウスへの忠誠の言葉を確かめて、老人は「私自身がその男だὅδ᾽ αὐτὸς ἐγώ」と明かす。そして続ける。


γιγνώσκω δ᾽ ὡς σφῶϊν ἐελδομένοισιν ἱκάνω
ο
ἴοισι δμώων: τῶν δ᾽ ἄλλων οὔ τευ ἄκουσα (21-209,10)

私にはよく分かった、お前達二人が望んでいるところに帰って来たことを

召使い達の中で二人だけが。他の者達の誰からも聞かなかった


εὐξαμένου ἐμὲ αὖτις ὑπότροπον οἴκαδ᾽ ἱκέσθαι. (21-211)

私が家に再び帰ってくることを祈っているのを


前者の「望んでいる」は分詞ἐελδομένοισιν、後者の「祈っている」は分詞εὐξαμένουだ。ホメーロスでは分詞が縦横に活躍し、詩行をあるいは引き締め、あるいはしなやかにしているのだが、ここでは更に二つの分詞が対句的効果を発揮している。