11月2日
ペーネロペイアは豚飼に弓と的となる斧を求婚者達の前に置かせる。豚飼と牛飼はオデュッセウスの弓を見て泣く。それに対して求婚者の一人アンティノオスが言う。
ἀλλ᾽ ἀκέων δαίνυσθε καθήμενοι, ἠὲ θύραζε
κλαίετον ἐξελθόντε, κατ᾽ αὐτόθι τόξα λιπόντε, (21-89,90)
静かに座って食事していろ、さもなくば外に
出て行って泣け、そこに弓を置いて
μνηστήρεσσιν ἄεθλον ἀάατον: οὐ γὰρ ὀΐω
ῥηϊδίως τόδε τόξον ἐΰξοον ἐντανύεσθαι. (21-91,2)
求婚者達に困難至極な競技品(である弓を)を、というのも思うからだ
このよく磨かれた弓を張るのは容易でないと
91行目のἀάατονは「困難至極な」と訳したが、諸説あるところだ。「決定的な」や「危険な」もある。逆に「危険でない」もある。なぜそんなことが起こるかというと語頭のἀは接頭辞だが、それが強意のそれなのか否定のそれなのか、見解が分かれていることも一因だ。ここでは次行への繋がりから最も自然な「困難至極な」をとった。
それにしてもἀάα [aâa] とαが語頭から三つも並ぶ語は古代ギリシア語で他に例がない(従って辞書では単音節語のαを除けば真っ先に出ている単語だ)。ターザンか何かの掛け声でもない限りどの言語にもないのではなかろうか。そしてこれはギリシア人にとっても目立つ(というより、耳に残る)単語であったのだろう。というのは、この単語は『オデュッセイアー』ではここ以外にもう一箇所、第二十二歌(5行目)でオデュッセウスの言葉の中に出てくるのだが、どうもここのアンティノオスの発言を踏まえた皮肉であるようなのだ。これについてはその箇所でまた触れよう。