11月1日

第二十一歌が始まる。

ペーネロペイアは弓競技の準備をすべく階上の納戸に行く。手に「よく曲った鍵κληῗδ᾽ εὐκαμπέα」を持って。

αὐτίκ᾽ ἄρ᾽ ἥ γ᾽ ἱμάντα θοῶς ἀπέλυσε κορώνης,
ἐν δὲ κληῗδ᾽ ἧκε, θυρέων δ᾽ ἀνέκοπτεν ὀχῆας  (21-46,7)

直ぐに彼女は把手から革紐を素早くほどき

中に鍵を差し込み、扉の閂を打った


ἄντα τιτυσκομένη: τὰ δ᾽ ἀνέβραχεν ἠΰτε ταῦρος
βοσκόμενος λειμ
ῶνι: τόσ᾽ ἔβραχε καλὰ θύρετρα (21-48,9)

狙いを定めて(打った)、扉は牡牛の如くに唸りを上げた

牧場で草を食んでいる(牡牛の如くに)、それほどに美しい扉は唸った


πληγέντα κληΐδι, πετάσθησαν δέ οἱ ὦκα. (21-50)

鍵に打たれて、そして見る見る内に開いた

生彩に富んでいる。情景が目に浮かぶ。それだけでなく、音が聞こえてきそうだし、手応えまで伝わってきそうだ。「扉の閂を打った、狙いを定めて」

θυρέων δ᾽ ἀνέκοπτεν ὀχῆας/ἄντα τιτυσκομένη

[ thureôn d’anekopten okhêas/anta tityuskomenê ]

の詩句などは特にそうだ。

 「扉は牡牛の如くに唸りを上げた/牧場で草を食んでいる(牡牛の如くに)、それほどに美しい扉は唸った」の比喩も見事だ。ἔβραχε [ebrakhe](唸った)はもともとオノマトペーに違いない。その喚起力が最大限発揮されている。

 

 昔田舎の家で、祖母が外出するときのことを思い出す。田舎のこととて普段戸締まりもしないのだが、長く留守にする場合には鍵を掛ける。その鍵というのが錠に差し込む普通の鍵ではなく、少し大ぶりのまさしく「よく曲った鍵κληῗδ᾽ εὐκαμπέα」だった。それを扉の穴から差し込み向こう側の掛け金を叩いてうまく掛けたり、外したりしていた。その「カチャッ」という音がまだ耳の奥に残っている。ペーネロペイアの鍵と祖母の鍵は同じ形状、同じ使い方であったかも知れない。