10月28日


求婚者の一人アンティノオスがテーレマコスの前で憎々しげにこういう。「ゼウスが許さなかったのだ、さもなくばテーレマコスを片付けていたところだったのに」と。それに続く詩行はこうなっている。


ὣς ἔφατ᾽ Ἀντίνοος: ὁ δ᾽ ἄρ᾽ οὐκ ἐμπάζετο μύθων.
κήρυκες δ
᾽ ἀνὰ ἄστυ θεῶν ἱερὴν ἑκατόμβην (20-275,6)

そのようにアンティノオスは言ったが、彼(テーレマコス)は気に掛けなかった。

一方、伝令達は町の中を神に捧げる百牛の贄を


ἦγον: τοὶ δ᾽ ἀγέροντο κάρη κομόωντες Ἀχαιοὶ
ἄλσος ὕπο σκιερὸν ἑκατηβόλου Ἀπόλλωνος. (20-277,8)

連れて行き、髪長きアカイア人達は集まってきた

遠矢を放つアポローンの小暗い木立のもとに。


οἱ δ᾽ ἐπεὶ ὤπτησαν κρέ᾽ ὑπέρτερα καὶ ἐρύσαντο, (20-279)

さて、彼ら(求婚者達)は上部の肉を焼き(火から)下ろした


 275行目までは館の中の場面、276行目で突然町中の場面に移り、その三行後の279行目ではまた館の場面に戻っている。実に異様な場面展開だ。これはどうとったらいいのか。

276行目からの町中の動きはアポローンを祀る儀式を叙している。これは月初めの「祭りの日ἑορτή(12-156)」の儀式の一環だ。町では住民達の祭りが行われ、館では大宴会が行われる。町では百牛の生贄が準備され、館では求婚者達の惨劇が準備される。血に塗れた一日が始まろうとしている。


今日の一節は上記の様に、「血」を介在にして館の外と内の照応があるのだろうと一応は納得したのだが、そうだとしても場面展開の異様さは拭いきれない。普通の作家ならばこんな唐突さは回避するだろう。あるいは両方の場面を関連づける何らかの繋ぎの言葉をはさむだろう。

この詩編にはこれまでもいくつか同様異様な箇所があった。それらはしばしば謎なのだが、詩人は敢えて説明をしない。現実の世界の表皮が破かれ、その裂け目から深淵を垣間見る気にさせられる。今日の一節もそうだ。そしてここからしばらく、不気味な詩行が続いて出てくる。