10月26日
いよいよ運命の一日が始まる。今日は「祭りの日ἑορτή(20-156)」でもある。
女中頭でもある老乳母エウリュクレイアは女召使い達に指示を出す。
ἀγρεῖθ᾽, αἱ μὲν δῶμα κορήσατε ποιπνύσασαι,
ῥάσσατέ τ᾽, ἔν τε θρόνοις εὐποιήτοισι τάπητας (20-149,50)
さあ、一組は仕事にかかって部屋を掃除しなさい
水も撒いて、よく作られた椅子には布を
βάλλετε πορφυρέους: αἱ δὲ σπόγγοισι τραπέζας
πάσας ἀμφιμάσασθε, καθήρατε δὲ κρητῆρας (20-151,2)
紫の(布)を掛けなさい、また一組はスポンジで食卓を
全て拭き浄めなさい、混酒器を洗いなさい
καὶ δέπα ἀμφικύπελλα τετυγμένα: ταὶ δὲ μεθ᾽ ὕδωρ
ἔρχεσθε κρήνηνδε, καὶ οἴσετε θᾶσσον ἰοῦσαι. (20-153,4)
作り良き両耳付き杯を(も洗いなさい)、そしてまた一組は水を
泉に行って早く汲んで来なさい
家に客を迎える時の女達のやるべき仕事がよく分かる。基本的には現代も同じだ。「泉に行ってἔρχεσθε κρήνηνδε」はないだろうが、いずれかで飲み物調達は欠かせない。
ところで、昨日のシモーヌ・ヴェイユの「『オデュッセイアー』は『イーリアス』の素晴らしい模倣に過ぎない」との裁断。彼女にとって『イーリアス』は人類最高の傑出した詩編なのだ。そして、かろうじてそれに次ぐのはギリシア悲劇詩人と『福音書』あるのみとも言っている。
『イーリアス』と『オデュッセイアー』、どちらをとるか。評価や好みは人によりことなるようだ。例えば、『イーリアス』を遠征先まで携行したアレキサンダー大王はヴェイユと同様『イーリアス』派だろう。一方、ジョイスは『オデュッセイアー』派に違いない。以前河盛好蔵の本で、「あなたが最も好きな文学作品」のアンケート結果に触れたエッセイを読んだことがある。これは欧米の作家、詩人、思想家対象の調査だった。ホメーロスの両詩編ともベストテンだったのだが、『オデュッセイアー』の方が上位に来ていた(確か『オデュッセイアー』が一位か二位、『イーリアス』が五、六位だったと思う)。
それではお前はどうなのかと問われれば、長く『イーリアス』が群を抜いて一位だと思っていた。気高さ、悲痛さ、そして格調において比類ない。が、今回『オデュッセイアー』を読み直していて少し考えが変わってきた。『オデュッセイアー』には親しみがあり、変化や遊び、そして謎がある。作品論的興味もそそる。嘆賞措くあたわざる名場面もいくつかある。それらの魅力は尽きない。したがって今は、
πνοιῇ δ᾽ Εὐμήλοιο μετάφρενον εὐρέε τ᾽ ὤμω
θέρμετ᾽: ἐπ᾽ αὐτῷ γὰρ κεφαλὰς καταθέντε πετέσθην.
(『イーリアス』23-380,1)
(馬の)鼻息で(前を行く騎手)エウメーロスの背中と幅広い肩を
熱くした、彼に頭をくっつけるようにして駆けったので
であり、両詩編とも傑出した高みにおいてほとんど差はなくなっている。