10月19日
昨日の一節では、テーレマコスの関心の重点が母親の再婚問題よりは家と財産の継承管理にあることが示唆されていた。そこはペーネロペイアと異なるところだ。彼女の心はオデュッセウスへの思いと再婚との間で揺れ動いている。その心が今日引用しようとする夢の一節に繋がっている。
ペーネロペイアは老人に自分の見た夢について語る。
χῆνές μοι κατὰ οἶκον ἐείκοσι πυρὸν ἔδουσιν
ἐξ ὕδατος, καί τέ σφιν ἰαίνομαι εἰσορόωσα: (19-537,8)
二十羽の鵞鳥が屋敷にいて小麦を啄んでいます
水から(啄んでいます)、それを眺めて私は楽しんでいます
そこに鷲がやって来て鵞鳥皆の首をへし折って殺してしまう。そこで、
αὐτὰρ ἐγὼ κλαῖον καὶ ἐκώκυον ἔν περ ὀνείρῳ, (19-541)
私は夢の中ながら泣きしゃくり上げていました
ἀμφὶ δ᾽ ἔμ᾽ ἠγερέθοντο ἐϋπλοκαμῖδες Ἀχαιαί,
οἴκτρ᾽ ὀλοφυρομένην ὅ μοι αἰετὸς ἔκτανε χῆνας. (19-542,3)
髪麗しいアカイアの女達が私の周りに集まりました
鷲が鵞鳥を殺してしまったのを悲しみ嘆いている私の(周りに)
そして鷲は言う、「鵞鳥は求婚者たちであり、鷲はお前の夫だ」と。
ペーネロペイアが老人に語った夢がこれだ。ここには驚くべきことが語られている。鵞鳥(求婚者)が啄んで(飲み食いして)いるのを私は「眺めて楽しんでいるἰαίνομαι εἰσορόωσα」。そして、鵞鳥(求婚者)が殺されたのを見て私は「泣きしゃくり上げκλαῖον καὶ ἐκώκυον」、「悲しみ嘆いてοἴκτρ᾽ ὀλοφυρομένην」いる。
一体これはどういうことか。ペーネロペイアは貞潔な妻、思慮深い妻とされている。自分でもそうありたいと考えている。それは間違いない。しかしその理性的、意識的相貌の奥に、隠された密かな思いがあるということだろうか。意識下に、言い寄られることへの陶酔、再婚願望があり、夢の中でそれが現れたと、それも一つの興味をそそる解釈だ。
しかし、ペーネロペイアがその夢を隠さず語り、聞いた老人(オデュッセウス)もそれを聞き咎めた風がない。やはりこれは大きな謎だ。何か辻褄を合わせる理屈を拒んでいる感がある。世界の裂け目、人の心の底知れぬ深みを覗くような気をさせられる。この詩編にはこういう大きな謎がいくつかある。
今朝は寒かった。ちょっと外出したら風も冷たく震え上がった。この秋一番の寒さだろう。そこで炊事当番の今宵は時期的に一寸早いが「おでん」にした。数少ないレパートリーの一つだ。おでんにすると大根にしろ、豆腐にしろ、卵にしろそれぞれまた別のうまみが出てくる。