10月17日


 老乳母は気づいて、ペーネロペイアに知らせんとする。オデュッセウスはすんでの所でそれを留める。

 ペーネロペイアは改めて老人に語りかけ、自らの嘆きを歌鶯(アエードーン)の嘆きに比す。その歌鶯(アエードーン)とは、古注によれば、我が子を誤って殺めた母親(パンダレオスの娘)が化したものだった。


ὡς δ᾽ ὅτε Πανδαρέου κούρη, χλωρηῒς ἀηδών,
καλ
ὸν ἀείδῃσιν ἔαρος νέον ἱσταμένοιο, (19-518,9)

パンダレオスの娘、黄緑色の歌鶯が

春立ち初める頃、美しく歌うように


δενδρέων
ἐν πετάλοισι καθεζομένη πυκινοῖσιν,
ἥ τε θαμὰ τρωπῶσα χέει πολυηχέα φωνήν, (19-520,1)

木々に生い繁った葉にとまって

ひまなく調べを変えながらよく透る声を響かせる(ように)


悲嘆の比喩ではあるのだが、この一節の調べはまことによい。「春立ち初める頃ἔαρος νέον ἱσταμένοιο」の措辞も生きている。

春立ち初める頃/木々に生い繁った葉にとまって

ἔαρος νέον ἱσταμένοιο/δενδρέων ἐν πετάλοισι καθεζομένη πυκινοῖσιν

  [ earos neon istamenoio/dendoreôn en petaroisi kathezomenê pyukinoisi ]

 各語に配された [o] 音、就中三箇所の [oi] 音からは鶯の声さえ聴こえるように感じるのは思いなしだろうか。


前田陽一、丸山熊雄共著『新フランス語入門』(岩波書店)届く。久しく絶版になっているのを古本屋に注文していたのだ。懐かしい。文人の名句からとった例文や外連味のない説明、文化風俗を紹介する写真、洒落たレイアウト、魅力一杯だ。

しかし、今回見直してみて、発音の解説の詳しさには驚いた。「入門」にしてはあまりに専門的で力を込め過ぎではないか。例えば、

「[ε] はエを多少アに近づけた音に似ているが、舌や唇の緊張度が強い。舌の前部の高さは中位である。舌先は下の前歯の歯茎を押し、舌の中部の両側は上の奥歯の前半部に接触する。舌は [e] よりも更に左右を縮め上下を開くが、唇の両隅の後方への緊張は続いている」

実践的に言えば最初の一行で済まし、耳と口で繰り返し練習するにしくはない。「舌は・・・左右を縮め上下を開くが、唇の両隅の後方への緊張は続いている」に至っては、こんなことを意識していたら、「豊かな声も詰まったθαλερὴ δέ οἱ ἔσχετο φωνή(19-472)」さながら、失語症になりそうだ。

でも全般的には類書を凌ぐいい本だと思う。